- 著者
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山口 幸司
堀田 昌寛
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.75, no.5, pp.284-288, 2020-05-05 (Released:2020-10-14)
- 参考文献数
- 14
量子情報理論に基づく考え方は,量子コンピュータや量子通信の研究だけではなく,ブラックホール物理学や量子カオスなどとも関係して幅広い分野で利用されている.これらの研究とも深く関連する話題として,情報はどこに記憶されるかという基本的な問題について考え,そのひとつの答えである量子情報カプセルという概念を紹介する.量子系には通常,量子もつれと呼ばれる非局所的な相関が存在し,情報も非局所的に記憶される.例として,2量子ビット系の互いに直交する4つの最大量子もつれ状態(|0〉|0〉±|1〉|1〉)/√2と(|0〉|1〉±|1〉|0〉)/√2を考えよう.これらは非局所的な相関の違いによって区別できるが,各々の量子ビットを独立に調べるだけでは区別できない.つまり非局所的な相関にこれらの状態を特徴づける情報が含まれている.相関に含まれる情報の考察に便利な状況設定として,情報ストレージとみなした量子系に情報を書き込んで読み出すことを考える.例として,N個の量子ビットで構成される系を考えよう.あるひとつの量子ビットに未知パラメタに依存したユニタリ操作を行い,このパラメタの情報を読み出す.古典的類推から,書き込みを行った量子ビットから読み出せると想像するかもしれないが,それは正しくない.局所的な操作は非局所相関にも影響を与え,情報は自動的に非局所相関にも含まれるようになる.N量子ビット系が純粋状態にあるとき,非局所相関に書き込まれた情報もすべて読み出すには,単純には4N-1個の相関関数を測定すればよい.しかし書き込んだ情報を記憶する相関が同定できればそれ以外は測る必要はない.純粋状態にある部分系は,他の部分系とは相関がないため情報のひとつのユニットとして働く点で重要である.純粋状態にある部分系としてよく用いられるのが,純粋化パートナーである.今のようにあるひとつの量子ビットに書き込み操作を行う場合,純粋化パートナーの組で情報を共有しているとみなすことができる.初期状態において書き込みを行う量子ビットのパートナー量子ビットを探しておけば,その2量子ビット系は純粋状態であるため情報は外にもれない.この場合,15個の相関関数を測定すると情報が読み出せる.最近我々は量子情報カプセルという新しい概念を提案した.純粋化パートナーに共有されていた情報をうまく分解すれば,空間的に拡がったひとつの量子ビットが純粋状態として情報を記憶しているとみなせる.この量子ビットのことを量子情報カプセルと呼び,任意の初期状態に対して存在が証明できる.このとき情報を読み出す際に測定すべき相関関数は激減して3個になる.複数パラメタの情報の書き込みと読み出しを考えると,情報の独立性が失われて一般には情報の記憶構造は複雑になる.カオス的なダイナミクスで系をかき混ぜると,実は独立な量子情報カプセルが現れることで情報が互いに混ざり合わないことがわかった.これはフィッシャー情報行列に回転対称性が創発することを意味している.ガウス状態にある調和振動子系と量子場においては量子情報カプセルを探し出す公式を示すことができる.この公式からパートナーを同定する公式を導けるため,量子情報カプセルはパートナーよりも基礎的な概念であるといえる.この公式を量子場を媒介とした情報伝達過程の解析に応用し,量子もつれを利用して情報伝達効率を上げることが可能なことがわかった.特に,情報のシグナルが伝搬する因果円錐の外側で行う測定によっても情報伝達効率を向上させられることが明らかになった.更に,量子情報カプセルは量子衝撃波による情報伝達過程の解析にも応用可能である.