著者
山田 唐波里
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.128-145, 2019 (Released:2020-11-13)
参考文献数
45

本稿の課題は,現代の日本社会において人口政策を規定している規範を取り上げ,その編成過程を政治権力との関連のなかで検討することである.特に,ミシェル・フーコーの「統治性研究」を参考に,これまでの研究では扱われてこなかった近代的人口論に基づく人口政策規範に注目した.現代の人口政策論では,人口と諸要素間の均衡が破られた際に人口問題が生じるとされており,均衡の維持/回復を目指すことが人口政策を導く規範となっている.本稿ではこの規範を〈均衡化〉と呼ぶことにした.〈均衡化〉は,1918 年の米騒動を契機として隆盛した過剰人口をめぐる議論のなかで編成された.人口と食糧の不均衡によって米騒動が生じたと考えられたからである.しかし,そうした人口と食糧の関係を主題化したマルサス的な人口論に対抗する形で,人口に関連する他の諸要素を主題化した人口論が登場してくる.このいわゆる「大正昭和初期の人口論争」を通じて,最終的にそれぞれの人口論を総合する形で「人口方程式」が定式化された.さらに,この人口方程式の均衡という枠組みは,論壇における抽象的な議論で終わることはなく,政策論の理論的基盤に据えられることになる.米騒動に代表される秩序問題への対応として,政策論の領域に,暴力による抑圧や監視による規律化とは異なる,人口の水準に作用することで人びとのふるまいを導く統治性に基づいた戦略が導入されたことを意味している.