著者
岡田 喜篤
出版者
日本重症心身障害学会
雑誌
日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.3-9, 2013 (Released:2022-05-26)
参考文献数
10

Ⅰ.はじめに 重症心身障害児(以下、重症児)とは、わが国独特の法律概念で、改正された児童福祉法第7条第2項によれば、『重度の知的障害及び重度の肢体不自由が重複している児童 (以下 「重症心身障害児」 という。) 』 と定義されている。ただし、わが国では、身体障害者ならびに精神障害者については、それぞれ法律上の定義が存在するが、知的障害児(者)の定義は存在しない。他方、国際的な動向として、知的障害の概念は変遷をたどっており、従来からの知能指数 (IQ)による程度分類から、支援の程度分類に移行しつつある。このため、重症児の定義における 「重度の知的障害」 とはどのような状態をさすのか明確ではない。また、このたびの法律改正により、重症児に関する従来からの慣例的な名称や制度も改められ、それゆえに、一部に混乱がみられるのも事実である。 たとえば、18歳未満の児童で、重症心身障害の状態を示す場合には、その人を 「重症心身障害児」 と呼ぶことは正しいし、それを略して 「重症児」 と呼ぶことも、注釈をつけるかぎりは差支えない。しかし、18歳・19歳の年長少年や20歳以上の成人に重症心身障害が認められる場合、この人たちを 「重症心身障害者」 と呼ぶことができるか否か、いまのところ法律的根拠は見当たらない。おそらく、『児童福祉法に規定される 「重症心身障害児」 に相当する状態の年長少年ないしは成人』 などと表現した上で、『ここでは、この人たちを 「重症心身障害者(ないしは重症者)」 と呼ぶ』 などと断わらなければならないと思われる。 さらに複雑なことは、従来からの重症心身障害児施設ならびに重症心身障害児(者)通園事業実施施設をめぐる状況である。前者は、児童福祉法に基づく児童の入所施設であるとともに、当時の児童福祉法第63条の3の規定によって、その入所対象は18歳以上の人も含まれていた。いわゆる「児(者)一貫体制」の施設であった。そのことと連動して、たとえば、在宅生活を送っている重症児も重症心身障害を伴う成人も、その障害に関する相談・判定・入所などに関しては、原則的に当該地域の児童相談所が中心的な役割を果たしていた。このたびの制度改革では、今までの 「重症心身障害児施設」 はその名称を失い、「医療型障害児入所施設」 となり、従来の肢体不自由児施設ならびに知的障害児施設の一つである医療型自閉症児施設とともに統合された。そして、これら施設の入所対象児は、それぞれの施設の選択に委ねられ、たとえば 「重症心身障害児を主たる対象とする医療型障害児入所施設」 などと表現されるようになった。これに対して、18歳以上の人が入所できる施設というのは、形式上、「療養介護事業所」 でなければならない。また、療養介護事業所は、医療法に基づく病院としての機能を備えなければならない。その対象は重症心身障害をもつ18歳以上の人のほか、肢体不自由者、自閉症者、および脊髄側索硬化症などの人であるが、医療型障害児入所施設と同様に、それぞれの事業所が 「主たる入所対象者」 を選択することになっている。 こうした新しい制度の発足により、現状はどうなっているのだろうか。それまでの重症児施設もしくは国立病院(国立高度医療センターを含む) は、すべて 「療養介護事業所」 の認可を得て、重症心身障害をもつ18歳以上の人を受け入れているのが現状である。現在のところ、上記以外の病院が療養介護事業所として認可され、そこに重症心身障害をもつ18歳以上の人が入所しているという事実は知られていない。 以上、重症児施設は、次のような変遷を経て現在に至っている。 ① かつて、重症児と18歳以上の重症心身障害をもつ人たちは、全く同じ法律によって 「児(者)ともに」 重症児施設に措置入所していた。 ② それが障害者自立支援法の施行に伴い、措置制度から契約制度へと移行し、適用される法律は 「児(者)二本立て」 となった。しかし、法改正に際して国会は付帯決議を行い、重症児施設については、従来同様の扱いをなすよう配慮を求めた。その結果、施設の実態は、従来同様に継続されたため、さほどの混乱はみられていない。 ③ 2012年4月からは、いわゆる 「つなぎ法」 が施行され、前述したような名称や仕組みには大きな変化が生じた。 ところが、こうした制度的大変革があったものの、現状をみれば、新たに 「療養介護事業所」 が誕生したという事実はなく、従来の重症児施設(国立病院機構および国立高度医療センターを含む)が、そのまま存続し、それぞれの施設と国立病院は、例外なく、重症児用ベッドと療養介護事業用ベッドを保有している。しかも、そのベッドは、それぞれが、重症児用であり、同時に療養介護用ベッドでもあるという状況にある。 以上、このたびの変革の経緯や仕組みを理解することは容易ではないが、重症児施設の現状をみれば、従前となんら変わってはいない。 従来の 「重症児(者)通園事業」 については、さらに付言しなければならないことがある。これは、法律に基づく事業ではなく、国および自治体による補助金事業として実施されてきたものである。そもそも、重症児以外の障害児(者)通園・通所事業の歴史は古く、いずれも法律に基づく措置として誕生したものであるが、重症児(者)の通園・通所だけは、障害の特殊性や対応技術の難しさなどから、制度化には慎重な検討が必要であった。結局、数年度にわたるモデル事業を経て、ようやく補助金事業として実施されるようになったものである。このたびの制度改定により、この事業も、他の通園・通所事業の中に組み込まれ、自動的に法定化された。法定化されたこと自体は喜ばしいことであるが、はたして、重症心身障害の特殊性や 「児(者)二本立て」 に由来する問題点などについては、入所施設と同様に課題が残る。 筆者は、このたび本学会の学術集会において、重症児に関する包括的な見解を述べる機会を与えられた。制度変革の直後で、なお混乱が続いている現在である。このような事態について見解を述べることも意味なしとはしないが、制度の説明に終始する怖れは免れないと思われた。それゆえ、本稿では、従来からの重症児福祉制度の本来的な意味をのべることに主眼をおき、それをもって今後の展望に資することを目指したいと願っている。 Ⅱ.重症心身障害の英語表記 日本重症心身障害学会は、1995年9月、わが国の法律概念である 「重症心身障害」 を表現する英文用語として 「Severe Motor and Intellectual Disabilities (SMID)」 を採択した1)。重症児に対しては、わが国だけが、法律に基づいて、その生活・教育・医療を渾然一体として提供している。その営みは、専門的にして総合的、組織的にして個別的、計画的にして臨機応変的な仕組みに支えられている。それゆえに、得られた知見は質・量ともに膨大で、経験知としても、福祉的実践としても、さらには学術性においても、貴重な価値を有するものである。加えてそれは、現在、世界中のいずれの国においても、得ることのできない唯一性を伴っている。この事実は、必然的に人類すべてに還元されるべきものと考えられ、国際語としての英語表記の必要性が認識されたのであった。 一方、わが国でいう重症児は、当然、他の国々においても多数存在する。それは、特に先進国といわれる国々において著しい。わが国ほどには体系的な制度や対応策が豊かでない状況の中で、それゆえにこそ真摯な努力を続けている人たちは少なくない。当然、重症児の名称もさまざまで、それは時代とともに変化もしている。筆者の知るところでは、1970年代に Profoundly retardedと呼ばれ、やがて1980年代には Severe Multiple Disabilities2)、そして最近では Medically Fragile Child とかMedically Intensive Child、あるいは Ventilator-dependent Child ないし Technology-dependent Child などとも表現されてきた。こうした子どもたちを何とかしようとして、国際学会でも関心を集めており、学会レベルでは Profound Multiple Disabilities (略して PMD) が標準的な名称になりつつあるように思われる。 Ⅲ.世界唯一の入所施設体系 すでに40年ほど前から、欧米諸国の障害児関係者は、日本の重症児制度、特に重症児施設を高く評価し、自国でも実現できたらと強く望んでいた。しかし、40年以上経た今日、どの国でもその願いは実現されていない。 (以降はPDFを参照ください)
著者
藤木 典生 中井 哲郎 金沢 弘 渡辺 稔夫 柿坂 紀武 和田 泰三 岡田 喜篤 津田 克也 細川 計明 山本 学 阿部 達生 近藤 元治 斉藤 隆治 渋谷 幸雄
出版者
日本先天異常学会
雑誌
日本先天異常学会会報 (ISSN:00372285)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.101-112, 1972

最近10年間に先天異常ことに心身障害児に対する一般の関心が大いに高まってきて、染色体分析や生化学的な代謝異常のスクリーニングの改善によって、早期診断、保因者の検索、適切た治療が進められてきた。こうした染色体異常や代謝異常でたくても、一般の人々が家系の中に発生した先天異常が遺伝性のものであるか、従って結婚や出産にあたってその再発の危険率などについて、しばしば尋ねられることが多い。我カは既に過去10年間にわたって遺伝相談を行ってきたが、今回これら二機関のデーターについて集計した結果について報告する。京都では、研究室で染色体分析や生化学的なスクリーニングことにアミノ酸分析を行っているためもあって、精薄が最も多く、近親婚の可否、精神病の遺伝性、先天性聾唖の再発率、兎唇、その他遺伝性疾患の遺伝的予後だとが主なものである。実施にあたっては、予約来院した相談者は人類遺候学の専門の知識をもったその日の担当医によって家族歴、既往歴など約2時間にわたる詳細な問診と診察の後に、その遺伝的予後についての資料が説明され、パンチカードに記入ファイルされるが、夫々臨床各科の専門医の診察の必要な場合には、その科の相談医の日が指定されて、専門的な診療指示が与えられる。愛知では、昨年末までの8ケ月間の一般外来忠児約900名について集計分類してみると、精薄が31.5%を占め、次いで脳性まひ、てんかん、自閉症、タウソ症候群、先天性奇形を含む新生児疾患、小頭症、情緒障害児、水頭症、脊椎異常、フェニールケトン尿症、脳形成異常、その他となっており、また、これらの心身障害児の合併症として骨折その他の外傷、上気道感染、胃腸障害が約30%に認められた。臨床診断にあたっては、臨床各科の医師と、理療士、心理判定士、ケースワーカーなどのパラメディカルスタッフからなる綜合診断チームが新来愚老の診察にあたって、綜合的な診断と専門的な指示が与えられるように考慮されている。心身障害児の成因分析をパイロット・スタディーとして試みたが、大半の症舳こ妊娠分娩或いは新生児期に何等かの異常を認めた。このことは、このような不幸な子供を生まないようにするためには、妊娠分娩時の母子の健康管理が遺伝の問題と共にいかに大切であるかを示すものである。今后、この方面の基礎的研究が各機関で進められると同時に、患者・保因老の早期発見、結婚出産に対する適切な指導を行うために、各地にこのような心身障害児のためのセンターが作られるように切望すると同時に、人類遺缶学が基礎医学のみでなく、臨床医学の一部としても、卒後研修の中にとり入れられることを切望する。