著者
安室 喜正 中田 昇 川人 誠治 佐々木 睦男
出版者
日本育種学会
雑誌
育種學雜誌 (ISSN:05363683)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.397-404, 1987-12-01
被引用文献数
2 3

置換型ライコムギ(2n=42,AABBR'R')の特徴は,(1)A,Bゲノムのほか,コムギDゲノムの染色体とライムギRゲノムの染色体から構成された新しいR'ゲノムからなり,(2)そのR'ゲノムはほとんど例外なく2Rを欠き,2Dを含むことである.この特異的な2D-2R染色体置換は,メキシコのCIMMYTの育成系統群では,地理的条件から2D上の日長不感応性遺伝子によるものとされている.しかし,我々の研究室で育成した置換系統群は,育成過程でそのようた地理的制約はたいので,当該遺伝子の影響は考えられず,2D-2R置換の原因は種子稔性に関与する遺伝子が2Dに存在するためであろうと推測した(YASUMURO et al. 1983)、本研究は,2D,2R染色体とコムギおよびライムギ細胞質を因子として組合せた4種類の核・細胞質型の個体を作成し,それらと種子稔性との関係を調査し,ライコムギの2D-2R置換の原因を明らかにしようとした. 3系統の交配親,(1)aestivum細胞質(aes)をもつ2D-2R置換型ライコムギ系統S78,(ゲノム構成AABBR'R',ただしこのR'ゲノムの染色体構成は1R,2D,3R,4R,5R,6R,7Rである),(2)複倍数体型系統Beagle(AABBRR),(3)cereale細胞質(cer)をもつ複倍数体型系統(cer)-JM_135を用いて,S78x Beagleと(cer)-JM_135 x S78の交配を行い,F_2,F_3を育成した、(aes)および(cer)の2細胞質とAABBR'R'とAABBRRの2ゲノム構成を組合わせた4種類の核・細胞質型の個体,(aes)-AABBR'R',(aes)一AABBRR,(cer)一AABBR'R',(cer)-AABBRRを,F_2,F_3から同定して選び出し,それらの個体の種子稔性を調べた.その結果,2D,2R染色体とコムギ,ライムギ細胞質との問には,種子稔性に関して次のような顕著な相互作用が認められた.(1)2D染色体の存在は(aes)細胞質のもとでは高種子稔性をもたらすが,(cer)細胞質のもとでは植物体が貧弱となり低種子稔性をもたらす。(2)2R染色体の存在は(aes)細胞質のもとでは高低いずれの種子稔性をももたらすが,(cer)細胞質のもとで高種子稔性を得るためには不可欠である(Fig.2).これらの結果はコムギ細胞質における2Dの2Rに対する選択的有利性を表わしており,ライコムギにおける2D-2R染色体置換の原因となることを示している.また,このような主要形質における核・細胞質相互作用の存在は,ライコムギ育種において,コムギあるいはコムギ近縁種の細胞質に対する最適核遺伝子型の選抜,即ち核・細胞質相互作用の選抜が有効であることを示している.