著者
川本 隆史
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

教育の危機と改革が叫ばれて久しい。そこで論じられている数多くのホットな争点のうち、高等教育機関における研究活動に深く関連するものに、初等・中等教育と大学教育との《接続》がある。この問題への社会的関心を喚起したのが、中央教育審議会答申『初等中等教育と高等教育との接続の改善について』(平成11年12月16日付け)である。これと連動するかたちで申請者は、所属する日本倫理学会の大会において二年連続(平成13年および14年)のワークショップ「公民科教育と倫理学研究の《つなぎ目》」を企画・運営してきた。本研究のねらいは、中教審答申の以前から取り組まれてきた教育と研究の接続の試みを《公民科教育と倫理学研究とのアーティキュレーション》(すなわち、二つの活動の「分節化・接続・連携」)という観点から吟味し、福祉と人権をどう教えるかを軸に教育と研究のあるべき協力関係を探り当てようとするところにある。三年間にわたった研究の開始と同時に、所属部局を教育学部・教育学研究科へと移した研究代表者のポジションをフルに活用して、関連分野の研究者との交流や情報交換を深くかつ広く展開することができた。研究期間中の《アーティキュレーション》の特筆すべき成果としては、検定を通過し平成19年度より高校現場での使用が始まった公民科現代社会教科書の分担執筆および編集委員を務めた『現代倫理学事典』(弘文堂、2006年)の刊行が挙げられよう。後者は初等・中等教育の教員を主要な読者として想定している。また2004年11月よりスタートした人文・社会科学振興プロジェクト研究事業「グローバル化時代における市民性の教育」(日本学術振興会)に企画段階から関与し、そのサブグループ(公共倫理の教育)の世話人を務めている。本研究とも密接な関連性を有するプロジェクトであり、それが目指す社会的提言に本研究の成果を盛り込む所存である。なお平成19年度より同じく基盤研究(C)の交付を受けて、「シティズンシップの教育と倫理(ケアと責任の再定義を軸として)」がスタートすることになった。これが本研究をさらに発展・深化させるものであることを付言しておきたい。
著者
川本 隆史
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本研究は、1970年代から英語圏の倫理学・社会哲学の領域で活発に論議され成果が蓄積されてきた「社会正義論」の観点から、租税の根拠と再分配原理を考察し、あわせてわが国の租税制度のあるべき姿を構想することをねらいとする。租税の根拠についての説明としては、「利益説」と「義務説」という二つの有力な立場があるが、未だ決着を見ていない。さらに租税の機能の一つに資産および所得の再分配があるとされるけれども、租税を通じての再分配原理の実質まで立ち入った論議はほとんどなされてこなかった。そこで本研究は、そうした欠落を埋めようとするものである。初年度は、まずこれまでの「社会正義論」における租税論の蓄積を吟味ししつ、租税の根拠および再分配原理の探究がどれほど深化しているかを見定めた。研究第二年度には、折りよくMhrphy, L.and T.Nagel, The Myth of Ownership : Taxes and Justice,2002が刊行された。本書のポイントは、「われわれが正当に稼いだ所得なのに、政府はその一部を税金として取り立てている」との臆断の無根拠さを暴きながら、「租税の公正よりもむしろ社会の公正こそが租税政策を導く価値であるべきで、所有権は因習・規約に基づくものに過ぎない」と主張するところにある。研究第二年度から最終年度にかけて、本書をしっかりと読み解くことで、著者らが提起した「社会の公正」という理念と照らし合わせつつ、「あるべき税制」を共同で探究する作業の基礎を固めることが出来た。その成果は、学会誌等への寄稿や学会・研究会での報告に随時盛り込んだ。