著者
川﨑 瑞穂
出版者
国立音楽大学
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.109-120, 2013-03

「構造主義の父」とされるフランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)は、神話研究の領域で殊に優れた業績を遺したが、主著『野生の思考』(1962年)は、構造人類学の重要な出発点となっている。『野生の思考』の第1章「具体の科学」は、芸術について研究する上でも非常に示唆的である。特にそこで提示される「器用仕事(ブリコラージュ)」としての「野生の思考」は、現代においてもなお、多くの芸術作品に見出すことができるように思われる。 本稿ではその一例として、1996年に発売されて大ブームとなったテレビゲーム『サクラ大戦』の分析を行った。特に楽曲分析を中心にして、『サクラ大戦』にブリコラージュ的手法が用いられていることを示し、現在のような「非真正な社会」においてもなお、芸術の分野には神話的思考の残滓が存在することを明らかにした。 第1章「『サクラ大戦』の歴史とその器用仕事(ブリコラージュ)的手法」では、『サクラ大戦』の歴史を概観し、3つの先行研究について述べた。そして、山田利博の論文「テレビゲーム『サクラ大戦』の文学性」(『宮崎大学教育文化学部紀要』)において提示される「引用の織物」としての『サクラ大戦』の特徴が、ブリコラージュとして読み替えうる可能性について述べた。 第2章「『サクラ大戦』の楽曲《さくら》にみる器用仕事(ブリコラージュ)的手法」では、その顕著な例として、『サクラ大戦』の中の楽曲《さくら》(1996年)を分析した。分析の結果、この楽曲は、滝廉太郎の歌曲集《四季》の第1曲〈花〉(1900年)を土台にして、そこに《さくらさくら》(筝曲)を挿入することで「桜」を表象していることが明らかになった。 しかし、このような手法は「コラージュ」にすぎないという反論は十分可能である。ブリコラージュは、集められた断片の固有の多義性を保ちつつ創造活動を行なうものであるわけであるが、『サクラ大戦』には、このようなブリコラージュ独自の特性を顕著に示す要素もある。それは『サクラ大戦』という題名である。 第3章「『サクラ大戦』と宝塚歌劇団--《花咲く乙女》と《すみれの花咲く頃》」では、『サクラ大戦』という名称における「桜」の意味を考究した。まず『サクラ大戦』全体に散見される「宝塚へのあこがれ」について概観したが、そこでは特に『サクラ大戦』のエンディングテーマソング《花咲く乙女》と、宝塚歌劇団の《すみれの花咲く頃》の比較分析を行なった。そして次に、『サクラ大戦』と同じく宝塚歌劇団を目指した松竹歌劇団について概観した。なぜなら松竹歌劇団の主題歌は《桜咲く国》という「桜」を主題にした楽曲だからである。そこから、宝塚歌劇団と帝国歌劇団(『サクラ大戦』)との関係は、宝塚歌劇団と松竹歌劇団との隠喩的関係にあるという仮説を提示した。 そして第4章「結論と展望」では、『サクラ大戦』におけるトーテム的分類の論理を考究する必要性を述べた。
著者
川﨑 瑞穂
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.25-36, 2022-03-31

筆者は本誌第51号に掲載した拙稿にて、千葉県館山市、南房総市、鋸南町に伝わる「平群囃子」について研究したが、そこでは、千葉県香取市佐原から千葉県北東部・茨城県南部一帯に広く分布が確認されている「佐原囃子」との関係について考察することができなかった。本稿ではまず、佐原囃子の先行研究を辿りつつ、平群囃子と比較分析することで、両者の関係性について考察する。そこでは、前稿で指摘した平群囃子と「風流拍子物」との関係が、佐原囃子にも指摘されていることを確認した上で、両者の楽曲《サンギリ》(シャギリ)の比較分析を試みる。次に、前稿にて若干指摘した、平群囃子における楽曲《祇園囃子》に用いられている特徴的な旋律モチーフについて、さらに事例を広げて考察し、平群囃子と風流拍子物との関係について、音楽学の立場からの一定の見解を提示する。
著者
川﨑 瑞穂
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.31-41, 2023-03-31

クロード・レヴィ=ストロースのテーバイ神話群の分析に想を得た音楽分析を、本来的な意味とは異なるという指摘はあるものの「範列分析 paradigmatic analysis」と呼ぶことがある。本稿では、民俗芸能のうち、東日本を中心に各地に伝わる「三匹獅子舞」の歌を例に、範列分析の応用可能性を検討する。筆者は本誌第52集に掲載した拙稿にて、狭山丘陵南麓に伝わる二つの三匹獅子舞「横中馬獅子舞」「箱根ヶ崎獅子舞」について研究した。しかし、拙稿ではその歌について考察することができなかった。本稿ではまず、範列分析を大略紹介したのち、箱根ヶ崎獅子舞の歌の構造を提示する。その後、三匹獅子舞の「歌」の意味論を展開した石川博行の論文「おばあさんの涙」を経由しつつ、歌詞の意味論の可能性、とりわけ「相同性」に着目した分析の方向性について若干の検討を試みる。