著者
左地(野呂) 亮子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.78, no.2, pp.177-197, 2013-09-30 (Released:2017-04-03)

住まいの空間をめぐる人類学の研究において、これまで、住居と象徴的、類比的関係をもつ身体や、空間の意味を読み解く媒体となる身体が注目されてきたが、感覚や運動を通して周囲の環境へと働きかけ、居住空間構築のプロセスに関与するような身体の経験については十分に議論されてきたとはいえない。そこで本論文では、フランスに暮らす移動生活者マヌーシュのキャラヴァン居住を事例として、環境や他者と関係を結びながら「方向=意味」を産出し、空間を「つくりあげる」身体の働きを明らかにすることを試みた。マヌーシュは、キャラヴァンという移動式住居を用いて野外環境を取り込んだ開放的な居住空間を構築するが、そこでは外部環境や他者との交わりの領域へと身体の正面を向ける独自の「構え」があらわれる。本論文では、このマヌーシュの身体の姿勢、ないしは環境や他者への構えを「身構え」と呼び、それが日常生活で出会い共在する他者との相互行為をどのように方向づけることで、キャラヴァン居住の空間構成にかかわるのかを検討した。そしてそれにより、マヌーシュの住まいの空間が、他者とのあいだで「共在感覚」を生み出しながら空間を拡張する身体の働きを通して構築されていることを明らかにした。