著者
市川 光雄
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.88, no.1, pp.25-48, 1980
被引用文献数
7

東アフリカの各地にDoroboと呼ばれる狩猟民が住むことは古くから知られていたが,その狩猟採集生活の実態については,Huntingfordらによる概略的な記載をみるのみである。筆者は,1976年~1978年に北部ケニヤのMathew山脈に住むSuiei Doroboの調査をおこなった。ここでは,彼らの生息環境と,伝統的な野生植物食の利用について,記載と分析を試みた。<br>Mathew山脈の植生は,ほぼ高度にしたがって, dry bushland, wooded grassland, riverine forest,montane forest等に分類できるが,とくにこの地域の植生を代表するものとして, Acacia属のサバンナ(bushland, wooded grassland)および, <i>Croton</i>林, <i>Juniperus-Podocarpus</i>林などの比較的乾燥したタイフ。の山地林をあげることができる。Suiei Doroboは,ちょうどこの山地林帯と, <i>Acacia</i>サバンナ帯の中間域に居住し,サバンナ帯での植物採集,山地林帯での蜂蜜採集など,多面的な環境利用をおこなっている。<br>Suiei Doroboが,伝統的に食物と考える植物は,合計44科122種におよんでいる。このうち,5種の漿果,2種の堅果,3種の根茎からなる10種のmajor foodが,彼らの伝統的な食生活において大きな役割を果たしていたと考えられる。なかでも,Papilionoideaeに属する2種の堅果は,栄養に富む極めて重要な食物である。<br>これらの植物の採集場所をみると,122種のうち,73%がサバンナ性のものであり,これに対して森林性のものは16%にすぎない(森林,サバンナに共通なものが11%)。また,major foodのうち,主に山地林帯で採集できるものは,1種のみである。すなわち,植物性食物の採集という観点からすれば,サバンナ帯の方が,山地林よりはるかに重要なのである。同様な傾向は狩猟獣についてもみられ,彼らが食物の考える26種の哺乳類のうち,森林に生息するものは5種を数えるのみである。多くのDoroboの集団が,狩猟,植物食の採集という点からは不利な山地林帯およびその周縁部に居住している。その理由のひとつとして,山地林帯では大量の蜂蜜が採集できることがあげられよう。<br>アフリカの狩猟採集民の植物性食物についての比較研究はほとんどない。伊谷(1974a)は,アフリカの狩猟採集民を植生タイプに応じて分類しているが,この分類にもとついて,主要植物性食物の比較を試みたところ,主要植物性食物の構成が,植生のタイプをかなりよく反映することが判明した。