著者
庭田 幸治 岩月 宏泰
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.G4P2309, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】共感とは単なる他者理解という認知過程ではなく、認知と感情の両方を含む過程とされる。医療における共感は患者と接する過程で第一印象を持ち、その独自性に気づき、共感的に理解し、積極的に関わり、信頼関係を深める、というプロセスを辿るとされ、医療者側の意識化、経験によってこのプロセスは影響されると考えられている。共感の重要性は理学・作業療法養成校の学生が臨床実習を行う場合でも同様であるが、学内教育での共感性習得はカリキュラムに盛り込まれることが少なく、今までその特色について議論されることもほとんどなかった。そこで今回、長期の臨床実習経験と共感性との関連について調べ、共感性習得のための教育のあり方について検討した。【方法】対象:青森県内の4年制の理学療法士及び作業療法士養成校に在籍する学生230名(1~4年生それぞれ54、55、66、55名)を対象とした。収集方法:質問調査票は自記式、無記名で、学生に配布後、留置法にて回収した(回収数184名、回収率80.0%、有効回答数181名、有効回答率78.7%)。調査内容:質問紙は加藤・高木ら(1980年)による情動的共感性尺度EES ; Emotional empathy Scale 25項目と下山によるアイデンティティ尺度(1992年)20項目、職業未決定尺度(1986年)6項目で構成されており、今回基本属性とEESについて解析した。統計学的検討は(1)因子分析(主因子法、バリマックス回転、因子は固有値2.0以上、因子パターンは0.5以上のものを採択)により因子の構造について分析を行い、因子負荷量の大きい質問項目に対しては学年間の差についてKruskal-Wallis検定を行った。(2)EES下位尺度「感情的暖かさ尺度」「感情的冷たさ尺度」「感情的被影響性尺度」ごとに合計点数を算出し、学年間について同様に1元配置分散分析を行った。【説明と同意】調査票には調査の目的、無記名で統計的に処理することを明記し、提出は調査に同意した場合に自由意志で行うこととした。【結果】EESの下位尺度はいずれにおいても学年間で有意な差は見られなかった。因子分析では3因子が抽出され、それぞれ「他者感情の冷静な把握」、「他者感情と自己決定の分離」、「他者への同情」と命名された。3因子の信頼性係数αはそれぞれ0.806、0.528、0.678であり、内的整合性を認めた。各因子との因子負荷量の大きい質問項目から学年間で有意な差が見られたのは、「人が嬉しくて泣いているのを見るとしらけた気持ちになる」、「他人の涙を見ると同情的になるよりも苛立ってくる」であり、4年生は他の学年より「全くそう思わない」との回答が多かった。【考察】他者への共感の獲得には患者の気持ちに気づき、患者と双方向の協力関係があると認識して関わることが重要であるとされる。このような態度は医療者がもともと備えている感性や姿勢に、経験を通して実感したことが加わって患者に対する姿勢に現れるものと考えられる。長期実習では対患者との人間関係を構築する必要性が高まり、この過程で共感性が習得されると思われる。したがって患者が置かれている現状と学生自身の経験との類似性を見出すことができないと共感性を持つことは困難となる。また、1~3学年で学年間の差が見られないことは、学内教育での共感性習得の困難さを示すものと考えられ、今まで理学・作業療法教育において臨床実習で学生自身が自ら共感性を習得するのに任せていた現状もあると思われる。したがって、養成校の教員には専門的知識のみでなく、広い教養を持つことが経験の不足を補い、患者と学生自身の経験の類似性を見出すのに有効であることを学生に理解してもらい、共感性を得るためのスキルトレーニングやロールプレイを行うことが必要であると考える。また、本研究の結果は長期臨床実習時に患者、実習指導者によって提供される患者への気づき、患者との協力関係を体験する道徳的環境が共感性習得に重要な機会であることを示唆するものである。共感性の習得は自己の周囲の状況を認知する能力、その状況の中で自己の果たすべき役割を理解する能力によって促され、共感的な人が周囲にいることは最も効果的であるとされる。したがって臨床実習指導者の共感的な医療提供場面を学生に示すことは共感性の育成に果たす役割が大きいと思われ、教員には学生が共感性を習得しやすい環境を具体的に実習指導者に提示することも必要と思われる。【理学療法学研究としての意義】臨床実習は学内教育と異なり、学生の心理面への影響が大きい。心理的尺度を用いて共感性習得に対する学内教育ならびに臨床実習の効果を明らかにすることは、学生の心理的成長を目的とした理学療法・作業療法教育のあり方、さらに看護など他の職種における教育との差異を検討する際に有用であると考える。