- 著者
-
廣松 悟
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
- 巻号頁・発行日
- vol.64, no.2, pp.98-113, 1991-12-31 (Released:2008-12-25)
- 参考文献数
- 71
当論文においては,英米圏の都市地理学における都市空間概念の展望に基づいて,英米の近代都市において社会問題群が確立,制度化されるための歴史的な条件の探求に関わる作業仮説が提示される。 注目に値するのは,都市自体は人類史を通じて重要ではあったが,特にそれが理論上重要な分析単位となったのは,地理学のみならず他の社会科学一般においても今世紀初頭になってのことに過ぎないといった事実である。この歴史的事実を説明しうる仮設の一つは,先の「都市問題」の形成は,社会空間の全域を覆う特異な政治的監視制度でもある近代国民国家の成立と密接に関連していたというものである。近代都市は,領域国家制度のもとでは,特にその社会的「監視」の観点からみた統治上の効率性の関数として規定された。従ってここに,都市地理学を含めた社会諸科学の都市に関する様々な言説と実践が登場し,先の問題群を制度化すべく,「社会と空間の連関」という特有の問題機制に従って,相異なる概念化に基づいた都市諸学の制度化を実現させることになったと考えられる。中でも,都市空間に関する一般理論は,都市問題を普遍的な既成事実として自明視するような,歴史社会上特異な「実践の閉域」の形成に大きく寄与してきた。今世紀初頭の初期シカゴ学派から最近の都市社会学や都市地理学に至る一貫した思考は,まさにこの特異な領野を構成する上で効果の大きな,都市の一般理論の構築に向けられていたのである。そこでは,この一般理論の対象となる「近代都市」の社会歴史的な存立条件自体を相対化するような,客観的な視座にはかなり欠如していた。そのため,こうした社会と空間に関する極度に.一般的な問題機制は,範域(空間)としての都市を社会として定式する観点と,個別社会を範域(空間)として把握する視点との狭間でほとんど解決不可能な不整合を生み出し,近代都市という歴史地理上特殊な空間に関して,ほとんど無秩序に形成されたかの如きパターン概念の束を生産する結果をもたらしてきた。 現在求められているのは,近代都市という,言説・制度を含んだ歴史社会的にきわあて特殊な閉じた領域に対する一貫して分析的な視座である。中でも,近代国民国家が各々の,歴史社会上特殊な集団や社団を,その領域社会統治上の組織支配単位の一っとして変容させ,主に法人都市の形式によって法的に包摂し,引き続いて,それを永続的な「社会問題の場」として維持することを通じて監視と管理の体系である都市諸学の成立を促し,それらの総合的な作用として結果的に社会の総体的な都市化を招いてきた一連の近代都市に関わる歴史過程が,改めて実証的かっ分析的な研究課題として掲げられなければならない。