著者
張 詩雋
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.640-658, 2021

<p>肖像とは、何かにあやかり造られる像のことであり、人間の感情や願望に常に深く関連している。本稿の考察対象であるチベット・タンカは、チベット仏教やボン教の神仏を表現するのみならず、制作者や崇拝者の感情や願望を喚起させる神仏の肖像でもある。本稿では、タンカの制作・崇拝に関する事例の人類学的記述を通して、人間と肖像、主体と客体の関係がいかに撹乱されるかを考察する。タンカ制作には以下の3つの特徴がある。①数値化される規則がタンカの宗教性を決めること。②数値化されない規則――本稿ではそれを「不可量の部分」と呼ぶ――はタンカの審美性に大きく関与すること。③身体物質を使用することが、タンカの宗教性と審美性の両方に関係すること。タンカに関する先行研究では、①は重要視されてきたが、②と③への考察は十分になされていない。本稿では②タンカ制作における不可量部分、および③絵師の身体物質の使用に注目する。そしてタンカの魅力、あるいはタンカのエージェンシーの発生は、単に宗教的意味や視覚的美しさだけでなく、制作者がタンカと一体化する願望を実現させようとする点にあるとみなして、タンカの身体美学性を主張する。さらに本稿の後半では、タンカの依頼・使用の事例を紹介し、人間とタンカ間の「変身」が相互的であることを示す。人が像を造ることは、像に促され、制作者になることであり、制作者と肖像――人とモノ――は対面に置かれる鏡面のように、延々と反射し合う関係にある。</p>