著者
撫原 華子
雑誌
東京女子大学紀要論集
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.107-119, 0000

This essay discusses, from the viewpoint of gender, how dramatic representations of Lady Hosokawa Tama Gracia (1563–1600), an early modern Japanese Catholic princess, have been transformed since the beginning of the twentieth century. It deals with four plays and one TV drama. The four plays were written by Kawatake Mokuami, Fujisawa Kosetsu, Herman Heuvers and Tanaka Sumie. The TV drama was written by Tabuchi Kumiko. How Gracia is changed in these works reflects how Japanese women have obtained their subjectivity, as well as how Christianity has been gradually understood in Japan, for the past century. Through the five works we can observe that Gracia is transformed from a non-Christian obedient wife to a new and independent Christian woman. The transformation of Gracia has mirrored and reflected a change in the way females are represented and in the reception of Christianity in the modern and post-modern Japanese society.本論では、明智光秀の娘で、キリスト教を信仰していたことで知られる、細川ガラシャ(1563–1600)の演劇作品における表象が、この100年間にいかに変容を遂げたかを考察した。本論で扱ったのは、4本の劇と1本のテレビドラマである。劇は河竹黙阿弥、藤澤古雪、ヘルマン・ホイヴェルス、田中澄江によってそれぞれ書かれ、テレビドラマは、田渕久美子によって執筆されたものである。それらの作品におけるガラシャ表象の変容は、20世紀以降の日本女性が主体性を獲得してきた流れ、そして、同時期の日本においてキリスト教が徐々に理解されるようになってきた流れを反映している。20世紀初めに、夫に従順な妻であり、非キリスト教徒として描かれたガラシャは、21世紀には、キリスト教徒で、夫から精神的に自立し、主体性を持った女性へと変貌を遂げるのである。変容していくガラシャは、モダンそしてポスト・モダンの日本社会の女性が置かれてきた立場とキリスト教受容の変遷を映し出す鏡として捉えることができる。
著者
撫原 華子
出版者
東京女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、18世紀初頭のジョン・ウェブスター改作劇を通じて、当時の劇場において女性観客が持っていた影響力の一端を浮かび上がらせることを目指した。中心として取り上げた劇は、ネイハム・テイト(1652-1715)作Injur'd Love ; or, The Cruel Husbandである。この劇は、イギリス演劇史上、女性を主人公に据えたごく初期の作家であるウェブスターの悲劇The White Devilの改作であり、1707年に初版が出版されている。この改作において、改作者テイトは原作には描かれていた暴力的描写を排除するか、緩和された形に書き換えている。本年度の研究では、女性観客の嗜好がその書き換えに影響した可能性を検証した。具体的には、このテイトによるウェブスター改作劇とその原作との異同を分析することから始め、そこに表象されている女性像の変容について、ひいてはその変容の社会的、演劇的背景、および女性をめぐる当時の言説が改作に及ぼした影響について考察した。その考察をする際、特に軸としたのは以下の点についてである。(1)Tateによる改作において暴力描写が排除あるいは緩和されていることが「女性観客の好み」に沿った結果であるとするならば、その裏には男性側の(あるいは当時の文化全体の)意図とはどのようなものだったのだろうか。(2)18世紀初期に、女性作家が暴力を描いた劇が(少ないながらも)存在することは何を意味しているのか。(3)ウェブスター改作受容史全体における暴力表象の変遷。17世紀から21世紀までの各時代性と、暴力表象の削減あるいは強調はいかに関わるか。以上の点を軸としながら、18世紀初めの男と女の間に存在していたせめぎ合いの状態について議論し、当時劇作家が作品を創作する際に女性観客が大きな影響を及ぼしていた可能性について探った。