著者
斎藤 伸治 SAITO Shinji
出版者
岩手大学人文社会科学部
雑誌
言語と文化・文学の諸相
巻号頁・発行日
pp.199-215, 2008-03-21

現代言語学の祖とされるソシュールは,古代ギリシア以来ずっと支配的だった言語に対する1つの見方・問題意識を,無意味なもの,言語の本質を捉え損なうものとして退けたということが言われる(丸山(1981), Harris andTaylor(1989)などを参照)。このソシュール以前の西洋の言語に対する見方というのは,ソシュールの言葉を用いれば, 「名称目録的言語観」(nomenclaturism)というものであり,平たく言えば「言葉とは本質的に事物を名指すものであり,その事物は言葉とは独立に存在している」という言語観であった。西洋における最初の本格的な言語論であるプラトンの『クラテュロス』篇(伝統的な副題は「名前の正しさについて」)は,この言葉と事物との間の関係が自然的なものかあるいは人間社会の側の慣習にすぎないものかについて論じたものであり,この書以来ずっと,言語とはまず基本的に外界のものを名指すものであるという言語観が,西洋の思想界を支配してきたということになる。