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新村 毅
近年、動物福祉は思想から法律への具現化を急激に始めており、OIEの世界家畜福祉基準を始めとして、世界各国で法律・ガイドラインが制定されている。EUでは、2012年から産卵鶏のバタリーケージを廃止とする指令が法律として施行され、様々な代替システムが考案されつつある。このような状況において必要とされるのは、各システムの長短所を明瞭化することであり、その短所を解決する改良型飼育システムを開発することである。同時に、高福祉畜産物の差別化のために、各種の飼育システムを現場レベルで評価する福祉評価法を開発することも必須であると言えよう。本研究では、コンベンショナルなケージシステムから最も開放的な放牧まで、代表的な6つの異なる飼育システム(小型・大型バタリーケージ、小型・大型福祉ケージ、平飼い、放牧)を同一機関内に設置して、1年半にわたり約300羽の産卵鶏を継続的に飼育し、各システムの長短所を明瞭化すると同時に、その知見に基づいた福祉評価法および新型飼育システムを開発することを目的とし、以下の5つの実験を実施した。(1)6システムにおけるPecking behaviourの比較[1,2]:まず各システムにおける鶏の行動を詳細に比較検討し、産卵鶏が嘴を使用する合計頻度は、いずれのシステムでも一定であることを見いだした。この結果は、先行研究[3]から立てられた仮説、鶏は何かをつつくという強い動機づけを内在的に保有しているということを強く支持するものであった。すなわち、ケージの産卵鶏は、食草・敷料床つつきを発現できないことによるPecking behaviourの不足分を、餌・自身の羽毛・ケージワイヤーをつつくことで補っている、言い換えればこれらの元となる動機づけは共通していることが明らかとなった。(2)6システムの総合評価[4]:福祉レベル、生産性、免疫反応の評価により、6システムを多面的に評価し、Five freedoms(飢えと渇きからの自由、苦痛・傷害および疾病からの自由、恐怖および苦悩からの自由、物理的不快からの自由、正常行動発現の自由)の観点から長短所を明瞭化した。(1)の結果を考慮して、敷料床つつきなどのPecking behaviourの発現量は、評価指標から除外した。非ケージシステム、特に放牧は、正常行動発現の自由についての評価が高くなる一方で、苦痛・傷害および疾病からの自由についての評価は低くなり、また生産面では卵殻色が薄くなる傾向にあった。小型福祉ケージの総合的な福祉レベルおよび免疫反応は、平飼い・放牧と同等に高かった一方で、大型福祉ケージは、バタリーケージと同様の低い評価であった。(3)福祉評価法の開発[5]:評価の確実性の向上および評価法の推敲・維持の容易さを達成するため、世界中の産卵鶏の福祉研究1000件以上をデータベース化し、それを基に新たな福祉評価法を開発した。さらに、代表的な評価法であるAnimal Needs Index(ANI)との比較および(2)で得られた動物ベースの評価値との関係から、本モデルを評価した。本モデルおよびANI、いずれの評価法も動物ベースの評価値と強い相関関係にあったが、本モデルは、ANIと比較して福祉レベルの検出力が高く、有用性がより高いことが示唆された。(4)新型福祉ケージにおける社会的順位と資源利用の関係[6]:(2)・(3)は、いずれも福祉ケージの高い潜在価値を示していたが、大型福祉ケージにおいては、活動量が増加する一方で、グループサイズの増加により資源競争が激化することを示唆していた。これらの知見と先行研究[7-13]を基に、資源競争を緩和させる資源分散型の中型福祉ケージを新たに考案した。従来型の資源集中型福祉ケージでは、上位個体が砂浴び場を優先利用する一方で、資源分散型では、いずれの順位の個体も同等に利用していた。(5)新型福祉ケージの総合評価[14]:(5)ではさらに、行動・健康状態・生産性からの多面的測定により、資源分散型の中型福祉ケージを総合的に評価した。資源分散型福祉ケージは、行動の多様化・健康状態の改善という福祉ケージの利点を保持しつつも、運動量が増加するという中型ケージの利点を示していた。また、資源集中型福祉ケージと比較すると、砂浴び場への競争が緩和されており、それにより敵対行動が減少し、生産性が高く維持されていた。これらのことから、資源分散型福祉ケージの高い有用性が示された。 以上の実験から、各種飼育システムの長短所を明らかにすると同時に、有用性の高い評価法を開発した。これらの研究は、福祉ケージの高い潜在価値およびケージデザインの重要性を示していた。大型福祉ケージでは、資源競争が激化する短所が見受けられたが、それは資源を分散することで解決されうることが示された。これらの成果は、システムを採用する生産者サイドへ多くの示唆を与えるのみならず、今後の家畜福祉学の発展においても大きく貢献するものと考えられる。発表論文[1]Shimmura et al. Applied Animal Behaviour Science 115,44-54 (2008).[2]Shimmura et al. British Poultry Science 49,396-401 (2008).[3]Shimmura et al. Animal Science Journal 79,128-137 (2008).[4]Shimmura et al. British Poultry Science (in 3rd revision)[5]Shimmura et al. Animal Science Journal (under review).[6]Shimmura et al. Applied Animal Behaviour Science 113,74-86 (2008).[7]Shimmura et al. Animal Science Journal 77,242-249 (2006).[8]Shimmura et al. Animal Science Journal 77,447-453 (2006).[9]Shimmura et al. Animal Science Journal 78,307-313 (2007).[10]Shimmura et al. Animal Science Journal 78,314-322 (2007).[11]Shimmura et al. Animal Science Journal 78,323-329 (2007).[12]Shimmura et al. British Poultry Science 49,516-524 (2008).[13]Shimmura et al. Animal Welfare (in press).[14]Shimmura et al. British Poultry Science (in press).