著者
杉本 幸彦
出版者
京都大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

脂肪細胞は、外部から多くの刺激により分化・成熟あるいは増殖状態へと移行しうることが明らかとなってきている。プロスタグランジン(PG)は、古くから脂肪細胞分化に影響することが知られていたが、インビボでの脂肪細胞に対するPG作用の意義については不明であった。研究代表者は、3T3-L1細胞を用いて、PGE2がEP4受容体を介して脂肪細胞の分化を抑制することを見出した。本研究の目的はインビボでの脂肪細胞分化・成熟におけるPGE2-EP4シグナリングの意義を明らかにすることである。(1)マウス胎児線維芽(MEF)細胞を用いた解析野生型MEFから脂肪細胞への分化誘導時において、PG産生阻害剤・インドメタシンを処理すると分化指標が亢進し、さらにPGE2を添加すると分化指標は低下した。EP4欠損、FP欠損、IP欠損のMEFを脂肪細胞への分化誘導を行い比較したところ、FP欠損、IP欠損ではインドメタシン感受性を示したが、EP4欠損では元々分化指標が亢進しており、インドメタシン感受性を示さなかった。野生型のMEF培養上清には10-9M程度のPGE2が検出され、これはインドメタシンで低下した。以上の結果から、内因性に産生されたPGE2はEP4受容体に作用して脂肪細胞分化に対して抑制的に働いていることが判った。(2)EP4受容体欠損マウスの脂肪細胞の解析野生型・EP4欠損マウスの白色脂肪組織(WAT)を調べたところ、4週齢の時点では精巣周囲WATに著明な差を認めないが、6週齢の時点ではEP4欠損マウスのWATは、野生型に比べて、質量、細胞径、PPARγ2発現レベルが有意に亢進していた。従って、PGE2-EP4シグナルは、インビボの脂肪細胞分化・成熟に対しても抑制的に働く可能性が考えられる。
著者
杉本 幸彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.5, pp.237-242, 2015 (Released:2015-05-10)
参考文献数
31

プロスタグランジン(PG)は,細胞膜リン脂質から産生される最も代表的な脂質メディエーターであり,各PGに特異的な受容体を介して多彩な作用を発揮する.近年,受容体欠損マウスや特異的作動・遮断化合物を用いた解析からそれらの生理的意義が分子レベルで解明されてきた.とくに古くから知られるPGの神経作用,発熱や疼痛に関しては,その分子レベルでの調節機構が明らかとなった.またこうした既知作用のみならず,PGはミクログリアによる神経毒性やドパミン系を介した心理ストレスにも関与することが見いだされ,アルツハイマー病をはじめとする神経炎症の増悪因子として,さらには衝動や抑うつ応答の制御因子として注目されている.さらに最近,PG産生基質であるアラキドン酸の新たな供給経路が発見され,その責任酵素が種々の神経疾患の治療標的として脚光を浴びている.本稿では,PGによる神経機能の調節とその作用メカニズムに関する最近の知見を概説するとともに,創薬標的としての方向性を考察したい.