著者
藏重 久弥 村上 晃一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.78, no.3, pp.120-124, 2023-03-05 (Released:2023-03-06)
参考文献数
26

Geant4(ジアントフォー)は,放射線シミュレーションのためのソフトウェアツールキットである.一般に,放射線とは運動エネルギーをもつ素粒子および原子核のことである(光子を含む.以後“粒子”と呼ぶ).粒子は電磁相互作用,強い相互作用,弱い相互作用によって物質との反応や粒子壊変を行う.素粒子・原子核実験においては,粒子個々に対する観測が行われ,ミクロな事象ベースでの解析が行われる.Geant4ではモンテカルロ法によって,対象となる粒子の一つ一つを物質との相互作用を考慮しながら発生点から停止・消滅点までシミュレーションを行う.Geant4は他の放射線シミュレータと異なり,オープンソースのプロジェクトとして,組み込み可能なクラスライブラリを提供している.それによって幅広い分野での応用が可能となり,素粒子・原子核実験,宇宙線観測はもとより,衛星での機器や人体への放射線の影響評価,放射線医学などに利用されている.Geant4は,LHCのための開発プロジェクトとして1994年に開始された.1998年12月に最初のバージョンであるGeant4 0.0が公開され,バージョン11.0-patch03が最新版となっている.LHC加速器の高輝度化計画HL-LHCに向けて,計算資源の効率的な使用および処理速度の向上が求められている.また,Geant4は粒子線治療における線量計算への応用も行われているが,この分野でも計算速度の向上が実応用への課題となっている.科学技術計算では,流体解析などの分野でベクトル化による並列処理は古くから行われてきた.一方,モンテカルロ法によるシミュレーションにおいては,条件分岐処理が重要であるためベクトル化には向かない.Geant4では各イベントは独立で並列に処理可能であり,MPIを用いたマルチ・プロセスによる並列化は以前から行われてきた.しかし,プロセスごとに測定器の形状記述や相互作用記述のためのメモリを確保するため,測定器の大型化・細密化に伴いメモリの使用量が増加している.そのため,マルチコア・プロセッサにおいて多くのプロセスを並列処理する場合の性能が課題となる.そこで,Geant4の最新リリースでは,マルチ・スレッドによるイベント並列処理に力を入れ,メモリ管理を改善することによる計算性能の向上を目指している.また,近年の高性能GPU(Graphics Processing Unit)やメニーコア・プロセッサに特化した並列化処理によるプログラミングが重要となってきている.そこで,Geant4で培った相互作用の知見を用いて,GPU上の超並列計算に適応した放射線シミュレータが,CUDAを用いて開発されている.粒子ごとの並列処理に取り組むことにより,従来の数百倍の処理速度を達成しており,粒子線治療における線量見積もりの精密化につながると期待されている.
著者
金子 紗梨 高瀬 亘 村上 晃一 佐々木 節
雑誌
第82回全国大会講演論文集
巻号頁・発行日
vol.2020, no.1, pp.35-36, 2020-02-20

Armプロセッサは省電力の特徴を持ち、スマートフォンなどのモバイル機器に広く利用されている。近年はサーバ用途としても使われ、HPCの業界でも注目が集まっている。KEK計算科学センターでは、高エネルギー物理学実験で得られる大規模データの蓄積や処理、シミュレーションの用途で、大規模なLinuxクラスタを運用している。本システムは4年毎にシステム更新を行い、新しい世代のCPUへの移行を行っている。Armプロセッサは省電力で、その割に処理能力が高い。Armを採用することでシステムの運用コストを抑えることが期待される。大規模クラスタでのArmプロセッサの適応性評価として、計算性能や省電力の点からプロセッサの性能評価を行った。