著者
村上 由佳 渡邊 三津子 古澤 文 遠藤 仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

1.はじめに<br><br> 2004年新潟県中越地震以降、集落の孤立とそれに伴う情報の途絶が、災害のたびに問題になってきた。2017年九州北部豪雨においても、情報の途絶が発生した。また、近年の災害においては、SNSを介して有益な情報がもたらされる一方で、それらがもたらす混乱も新たな問題として浮かび上がってきた。災害時に必要な情報が必要な場所に届けられるにはどのような対応が必要だろうか。発表者が調査を行ってきた2011年台風12号水害(紀伊半島大水害)を例に検討する。<br><br> 紀伊半島熊野川流域は、国内有数の水害常襲地域として知られている。本発表で対象とする和歌山県新宮市は、熊野川河口に位置する。2011年台風において、土砂災害・浸水・河川氾濫等により、死者13人、行方不明者1人、81棟の全壊及び家屋流出を含む2,968棟の住家被害等があり、局地激甚災害に指定された(和歌山県新宮市、2015)。<br><br> また、紀伊半島大水害時には、新宮市内の高田・相賀・南檜杖地区及び熊野川町地域全域が孤立するとともに、電話の不通、テレビ放送等の利用不能(和歌山県新宮市、2015)、防災行政無線の難聴(新宮市議会災害復興対策特別委員会被災地現地調査部会、2012)など、情報の途絶がおこった。<br><br> 本発表では、新宮市議会会議録や地方新聞(熊野新聞等)から、紀伊半島大水害時における情報の送受信に関する問題点を把握し、その対応と課題を整理する。<br><br> <br><br>2. 紀伊半島大水害時における情報伝達の課題<br><br>2.1. 被災時における情報送受信に関する課題<br><br> 被災時における情報の途絶により、被災者に被災状況が伝わらないことが問題であるが、他方で、例えば新宮市熊野川町西敷屋では、「平成23年には、携帯を含めて電話が一切つながらなかった。消防にも連絡がつかず、亡くなった方を自分たちで運び出した」(渡邊ほか、2015)というように、被災者側から必要な情報が伝達できなかったことも大きな課題といえる。<br><br>2.2. 課題に対する行政の対応<br><br>紀伊半島大水害の後に新宮市は、防災行政無線のデジタル化整備事業を実施し(計画は水害以前から存在)、防災行政無線をデジタル化、個別受信機の配備、防災行政無線難聴時に備え、メール配信サービス等を整備した。全国瞬時警報システムJ-ALARTの運用を開始し、津浪や地震などが発生した場合に、消防庁から人工衛星を通じ、防災行政無線を自動起動させて、緊急情報を伝達する仕組みを整えた(「紀南新聞」2015年3月29日)。このように被災者に情報を伝える対策は進んでいる。<br><br>一方で、被災者が被災情報等を伝達する方法については、課題が多い。防災行政無線をデジタル化することにより、情報の双方化が実現しているが、これは、被災者個人からの連絡手段というよりも、行政間、屋外の放送局と双方向で情報をやりとりするというところに主眼を置いた対応である(新宮市議会平成23年3月 定例会3月9日)。現実問題として、被災者は公的避難所ではなく、自宅の2階や、地形的に一段高いところに立地する隣家に身を寄せたりして難を逃れた。本地域では、高齢化が進んでおり、そうした地域において、遠くの公的避難所に避難することが困難な場合は多く、避難の現状に即した、被災者からの情報伝達手段の検討が必要である。<br><br>2.3. 被災者側から情報を伝えるための方法の整備について<br><br> 新宮市議会において、被災時に徒歩で向かうことが困難な集落から外部への連絡手段として、衛星携帯電話の配備が議論されたことがある(平成26年9月定例会)が、実現はしていない。しかしながら、散在した被災者個人から、情報を適宜適切に伝える手段としても、行政がSNS上の雑多な情報に惑わされずに、正確な情報をつかむという意味でも、衛星携帯電話等を整備することが有効であろう。ただしその場合、設置場所、導入コスト、被災時を想定した訓練や、連絡網等を作成する場合などの、個人情報保護との兼ね合い等が課題となる。<br><br> <br>和歌山県新宮市(2015)『紀伊半島大水害 新宮市記録集』/新宮市議会災害復興対策特別委員会被災地現地調査部会(2012)『水害時の避難行動調査からみるこれからの洪水対策 報告書「防災」から「減災」へ』/渡邊三津子ほか(2015)「水害常襲地域における流域社会の変容と災害対応に関する基礎的研究-新宮市熊野川町西敷屋地区を事例に-」、奈良女子大学地理学・地域環境学研究報告、Ⅷ、111-120頁。