著者
松下 千雅子
出版者
関西大学人権問題研究室
雑誌
関西大学人権問題研究室紀要 (ISSN:09119507)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.41-52, 2020-10-31

本研究はJSPS 科研費 JP16K13136の助成を受けたものである。
著者
松下 千雅子
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

1990年代にはカミング・アウトしたレズビアン作家やゲイ作家によって書かれた作品のアンソロジーが多く編纂された。それと平行してキャノンに属する過去の作家たちについても、これまで気づかれなかった同性愛的傾向が文学批評においてクローズアップされるようになった。そして、これらの批評の多くが「クィア・リーディング」と呼ばれた。この手法では、歴史上のゲイ/レズビアンや、これまでストレートだと思われていた人たちの中に隠されたホモエロティックな欲望を可視化することに成功したが、しかし、クィア理論において「クィア」という語に込められた意味を十分に満たしているとは言えない。テクストにある同性愛のコノテーションを見つけ出す読み方は、一見すると解放主義的かもしれない。しかし、実際にはクローゼットの中に隠れている同性愛者を外に引っ張りだしているにすぎず、見つけられた同性愛者は、結局は正常な異性愛/異常な同性愛という不平等な二項対立の図式に回収されていくことになる。そもそも、「クィア」という言葉が批評理論に導入された背景には、異性愛/同性愛の二元論を脱構築するという明確な意図があった。その意図に忠実であろうとするならば、隠れた同性愛を明るみに出すような「アウティング(外に出すこと)」の読みでは、「クィア」という批評概念に基づく読解とは言えないはずである。それゆえ、「アウティング」に頼らないクィア・リーディングの方法論を確立することは急務であった。本研究は、その課題を遂行するために行ったものである。アーネスト・ヘミングウェイとウィラ・キャザーの文学テクストについて、「アウティング」が行われる際、いかなる力関係が介在するのかを、物語論や精神分析を用いて分析した。もし、文学の読みにおいて、テクスト内の登場人物の性的な欲望や行動が描写され、そのことによりホモセクシュアルであると決定されうるとしたら、それはどのようにして可能になるのか。そうした描写は誰に帰属するのか、誰がその描写の意味を解釈するのか、そしてその人物のセクシュアリティを判断する決定権を持つのは誰なのか。本研究では、これらのことを明らかにし、同性愛者がクローゼットの中にいるのか外にいるのかという議論ではなく、クローゼットそのものがどのようにして構築されていくかを明らかにした。それゆえ、本研究では、テクストに込められた性的な意味を、言説の外に存在するものの反映ではなく、あくまでも言説的な経験、すなわち、作者、語り手、読者の間で取り交わされる言語行為として捉えることが可能になった。