著者
村上 平 山田 義範 髙橋 雄平 隠岐 裕子 松坂 大輔 難波 邦治 古澤 一成
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.46, pp.B-36_1-B-36_1, 2019

<p>【はじめに】脊髄損傷者は、麻痺の影響で活動量や基礎代謝が低く、健常者よりも生活習慣病のリスクが高い。そのため、健常者以上に活動量を増やすことが重要といわれている。健常者では、1日の身体活動で消費するエネルギー量(以下:身体活動量)において理想とされる目標値があり、歩数などを指標としている。しかし、車椅子で生活する脊髄損傷者には1日の身体活動量に関する報告がなく、具体的な指標もない。今回、入院中の脊髄損傷者の車椅子走行から身体活動量を推測する目的で、1日の車椅子走行の速度、時間、距離、漕ぎ数を計測した。</p><p>【方法】2011年から2017年の間に当センター入院中、車椅子駆動を移動手段とする胸髄損傷者16名を対象とした。年齢は39.7±14.1歳、性別は男性15名と女性1名、体重は57.3±7.7kg、損傷レベルは上位胸髄4名と下位胸髄12名、AISはA13名とC2名とD1名である。</p><p> 日常的に使用しているモジュラー型車椅子に、漕ぎ数と走行距離が計測できる車椅子活動量計測装置を24時間装着し、得られた車椅子走行のデータから、平均速度、走行時間、走行距離、漕ぎ数を算出した。また、我々の先行研究における「車椅子駆動速度別の運動強度」を用い、「1.05×体重(kg)×運動強度(METs)×運動時間(時)」によって身体活動量を算出した。</p><p>【結果】1日の車椅子走行において、平均速度は2.8±0.6 (1.6~3.7) km/h、走行時間は1.4±0.5 (0.6~2.4) 時間、走行距離は4.1±1.9 (1.2~8.7) km、漕ぎ数は2964.2±1308.5 (1317~6645) 回、身体活動量は176.3±72.6 (76.9~365.8) kcalであった。( )内は最小値~最大値とした。</p><p>【考察】厚生労働省は、生活習慣病予防として、健常者では身体活動量の約300kcalを歩行で補うことを目標値としている。本研究の対象者が1日の車椅子駆動で補うとすると、多くの者が目標値を下回ることがわかった。この結果は、院内生活における活動範囲と速度の制限が、入院中に体力低下を招く可能性を示しており、脊髄損傷者の身体活動量を把握する上で非常に参考となる。身体活動量の増加を図るには、速度よりも走行時間を増加させる方が現実的である。従って目標値を満たすには、2時間30分以上の車椅子走行が望ましいと推測される。</p><p> 今回、損傷高位や麻痺の程度が身体活動量に影響すると予測したが、残存機能が良好でも低値を示した症例は存在した。車椅子駆動は歩行と同様に目的的行動であり、活動意欲が低いと走行時間の減少に伴い身体活動量が低下する。そのため、日常生活動作だけでなく、身体活動量の評価と介入も重要であることを再認識する結果と言える。</p><p> 脊髄損傷者における身体活動量の増加には、座位時間の拡大だけでなく実際に駆動することが重要であり、入院中から活動意欲を高めていく役割を理学療法士は担っている。その手段として、日常生活以外の運動習慣作りや、身体活動量のフィードバック、スポーツなど社会参加に向けた情報提供が、身体活動量の増加に貢献できると考える。</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言の内容に基づき行い、個人に不利益がないよう得られたデータは匿名化し、個人が特定されないよう配慮した。</p>