著者
柏崎 洋美
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 (ISSN:13481118)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.15-33, 2009-03

昭和34年に制定された国民年金法は,学生については適用対象から除外していた.このため,学生は任意加入という特別の手続をとって保険料を支払わない限り,同法に規定される障害基礎年金を受給されないこととなっていた.昭和60年改正後の国民年金法も,学生を同様の取扱いとしていたが,平成元年改正後の国民年金法は,20歳以上の学生を強制加入とし,かかる問題の解決がなされた.ところが,20歳以上の学生であって任意加入していない者に対しては,障害基礎年金の支給を認めていなかったのである.そこで,元学生らが障害基礎年金の支給を求めたのが,学生無年金障害者訴訟である.本稿では,障害基礎年金の支給等が認容された学生障害者無年金訴訟の判例の事実および判旨を考察し,判例における判断要素を検討する.これらの事件については,控訴審および上告審において障害基礎年金の支払等が取り消されているが,検討に値する判例である.検討した(1)東京地裁事件・(2)新潟地裁事件・(3)広島地裁事件での最大の争点は,昭和60年改正後の国民年金法が,国民年金に任意加入していない20歳以上の学生に障害基礎年金を支給しないとしたのは立法裁量の範囲内であるか否かである.上記判例においては,昭和60年法制定時における立法事実を詳細に検討して,かかる状況を憲法14条に違反する不合理な差別が存在し,立法不作為の状態であり違憲であると判示された.その後,国民年金法の改正や,「特定障害者に対する特別障害給付金の支給に関する法律」の立法がなされた.ECでは,2000/78/EC命令(指令ともいう)により,加盟国は雇用の場面において年齢差別法の導入が求められていた.他方,わが国では,雇用対策法において一定の場合における年齢差別が禁止されることとなった.将来的には,年齢差別の禁止の概念は,社会保障の場面においても導入される可能性があると考えられる.
著者
柏崎 洋美
出版者
跡見学園女子大学
雑誌
跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 (ISSN:13481118)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.89-105, 2007-03-15

企業年金は,わが国の年金制度の一部であり,国民年金制度(1階部分)・厚生年金制度など(2階部分)の上に存在する3階部分に対応する年金制度である。企業年金は労働者のための年金であって,引退後の所得保障を主たる役割の1つとするものである。ところが,この企業年金給付の減額を行なう企業が最近において急増し,退職労働者が会社を訴える事例が増加している。企業年金のうちの自社年金といわれるものは,年金給付のための資産を,企業の外部に分離して積み立てていない制度である。この自社年金については法令上の規制が存在しない。そのため,いかなる場合に自社年金を減額し得るのか,が問題になる。本稿では,既に判決の出されたものの中から代表的な事件の事実および判旨を考察し,判例における判断基準と判断要素を検討することにする。(1)幸福銀行事件では,退職金規定を含む就業規則には規定されていない規定額の3倍程度の年金を減額することについての判断がなされ,大阪地裁は,就業規則の不利益変更の法理を斟酌して減額を認容した。(2)松下電器産業(大津)事件では,減額時の経済情勢が年金規定における「経済情勢に大幅な変動があった場合」に該当するとされ,大津地裁は,減額の必要性および相当性があるとして,同様に減額を認容した。(3)港湾労働安定協会事件では,中央労使合意による減額の効力が争われ,神戸地裁は,退職労働者には現在の労働者と共通する利益がないとして,減額は認容しなかった。アメリカ合衆国にも企業年金制度は存在するが,連邦法であるERISA法による明文の規定があり減額は認められていない。そこで,わが国の判例において検討されている(1)就業規則不利益変更類似の法理,および,(2)制度的契約論の法理を検討した結果,様々な要件が斟酌できる点や,明確な理由付けがあることから(1)就業規則不利益変更類似の法理が妥当と考えられるが,これからの判例の積み重ねにより企業(自社)年金減額の法理が明確になると考えられる。