- 著者
-
柏崎 洋美
- 出版者
- 跡見学園女子大学
- 雑誌
- 跡見学園女子大学マネジメント学部紀要 (ISSN:13481118)
- 巻号頁・発行日
- vol.5, pp.89-105, 2007-03-15
企業年金は,わが国の年金制度の一部であり,国民年金制度(1階部分)・厚生年金制度など(2階部分)の上に存在する3階部分に対応する年金制度である。企業年金は労働者のための年金であって,引退後の所得保障を主たる役割の1つとするものである。ところが,この企業年金給付の減額を行なう企業が最近において急増し,退職労働者が会社を訴える事例が増加している。企業年金のうちの自社年金といわれるものは,年金給付のための資産を,企業の外部に分離して積み立てていない制度である。この自社年金については法令上の規制が存在しない。そのため,いかなる場合に自社年金を減額し得るのか,が問題になる。本稿では,既に判決の出されたものの中から代表的な事件の事実および判旨を考察し,判例における判断基準と判断要素を検討することにする。(1)幸福銀行事件では,退職金規定を含む就業規則には規定されていない規定額の3倍程度の年金を減額することについての判断がなされ,大阪地裁は,就業規則の不利益変更の法理を斟酌して減額を認容した。(2)松下電器産業(大津)事件では,減額時の経済情勢が年金規定における「経済情勢に大幅な変動があった場合」に該当するとされ,大津地裁は,減額の必要性および相当性があるとして,同様に減額を認容した。(3)港湾労働安定協会事件では,中央労使合意による減額の効力が争われ,神戸地裁は,退職労働者には現在の労働者と共通する利益がないとして,減額は認容しなかった。アメリカ合衆国にも企業年金制度は存在するが,連邦法であるERISA法による明文の規定があり減額は認められていない。そこで,わが国の判例において検討されている(1)就業規則不利益変更類似の法理,および,(2)制度的契約論の法理を検討した結果,様々な要件が斟酌できる点や,明確な理由付けがあることから(1)就業規則不利益変更類似の法理が妥当と考えられるが,これからの判例の積み重ねにより企業(自社)年金減額の法理が明確になると考えられる。