著者
栗原 和樹
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.108, pp.207-226, 2021-07-07 (Released:2023-04-08)
参考文献数
27

本研究の目的は,小学校の教師へのインタビューデータから,教師が貧困概念をどのように用いているのか,その実践がどのような職業規範の運用のもとで可能になっているのかを明らかにすることである。 「貧困と教育」研究は,貧困層の子どもが学校から排除される様相を明らかにしてきた。その中で,教師には貧困を認識することが求められる傾向にあるが,教師の視点から,「貧困」がどのような概念であるのかは看過されてきた。そこで本研究では「概念分析の社会学」の視角から,貧困概念の運用のあり方とそこで用いられている職業規範を検討した。 分析結果は次の通りである。教師は,貧困を「遠く」のものとして説明することに加えて,貧困の要件を「貧」と「困」の重なりとし,「困」ではないと説明することで,スティグマを付与する貧困概念の使用を回避していた。そして,貧困概念は教師の実践と規範的な連関を持たず,その説明は教師の職業規範である「困」への焦点化規範の参照によりなされていた。さらに「困」への焦点化規範の参照により,貧困概念は教師にとって自身の職務の〈限定〉及び〈免責〉の機能を持つ概念として使用されていることを明らかにした。 以上の結果から,本稿では教師に対して貧困を理解することを求めることが,貧困層の特別な処遇にはつながらないことを指摘した。また今後は貧困と他の概念の諸関係をより詳らかにしていくことの必要性を提示した。