著者
黒川 信 桑沢 清明 矢沢 徹
出版者
東京都立大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1997

甲殻類では、脳内物質のリアルタイム分析はおろか、血液中の物質変動の解析すら試みられていない。無拘束甲殻類でマイクロダイアリシス法により血液中のセロトニン、ドーパミンなどの生体アミン、グルタミン酸、GABAなどのアミノ酸の高感度HPLC分析を行った。アメリカザリガニとアメリカンロブスターを用い、氷麻酔下の個体および外的刺激による闘争ないし威嚇行動発現中の個体の各種神経ホルモン、伝達物質の血中濃度を分析し、行動との関係を解析した。アメリカザリガニでセロトニンが、アメリカンロブスターでドーパミンが、威嚇ないし闘争行動にともなって血中濃度が増大することが明らかになった。アメリカザリガニでは、セロトニンが氷麻酔時5.3±1.0、興奮時17.3±3.0、その代謝産物5-HIAAが氷麻酔時71.1±14.5、興奮時29.8±14.1であった(単位pg/10ul)。一方モノアミン、アミノ酸の血中濃度は麻酔時と興奮時で有意差が認められなかった。アメリカンロブスターでは、全個体で興奮時のドーパミン血中濃度が麻酔時のドーパミンより有意に増加した。セロトニンおよび5-HIAAは測定限界を下回った。従来の研究では、動物の行動、心理状態を考慮するどころか、in vivoでの神経伝達物質の血中濃度そのものが十分調べられていなかった。本研究では多くの神経ホルモン伝達物質について平均的な体内濃度を明らかにできたばかりでなく、行動にともなう物質変動を捉えることができた。アメリカザリガニではセロトニンレベルの上昇がセロトニン代謝産物の5-HIAAレベルの下降をともなった。一方アメリカンロブスターではドーパミンレベルの上昇が、ドーパミン代謝産物HVAの上昇をともなわなかった。今後これらの物質の放出器官や代謝経路の検討を含めて、薬理学的、組織化学的手法も取り入れて研究を進める。
著者
桑沢 清明 松村 伸治 矢沢 徹
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1996

有爪動物(Onychophora)カギムシperipatusは環形動物と節足動物をつなぐ幻の動物の近縁動物とも考えられていて、系統進化上で貴重な動物群である。このため比較生理学、神経生物学上興味がもたれる動物であるが、現在までのところほとんど研究されない。本研究では心臓とその神経支配について、主として、すでに調べられてきた周辺の動物群である甲殻類、昆虫類、環形動物、軟体動物との関係のなかで研究を進めることを目的とした。カギムシをオーストラリアに求め、Euperipatoides kanangrensisを取得して研究室で飼育管理し研究に用いた。神経伝達物質または神経修飾物質の面から中枢及び末梢のニューロン構成を明らかにして、ニューロンのマッピングを行うため各種推定伝達物質の抗体を用いて免疫細胞化学的に研究を行った。1. 中枢神経系は左右の脳神経節球とそれぞれに続く腹神経索および多数の腹神経索横連合神経からなる。全神経系に亘ってFMRFamide様免疫陽性細胞やそのプロセスを検出した。心臓神経、腸管にも免疫陽性プロセスが認められた。脳神経節中では横連合中に、特に多くの免疫陽性ニューロンが存在した。腸管にも免疫陽性ニューロンの存在が認められた。本研究により有爪動物にFMRFamide様物質が存在するこという最初の知見がえられたことになる。2. 神経系全般に亘りセロトニン様免疫陽性ニューロンプロセスが観察された。脳神経節では横連合に陽性プロセスを多く認め、その近くの領域にニューロン細胞体が多く認められた。アンテナには陽性プロセスが認められなかったが、基部の脳糸球体構造に陽性プロセスが観察された。視索には認められなかったが、網膜および視神経節に免疫陽性プロセスが認められた。心臓、輸卵管に免疫陽性プロセスが認められた。これらのことから、セロトニンは感覚、運動神経で神経伝達物質として使われていると推測された。