著者
横山 俊一
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2020-04-01

Julia 言語を用いた新しい数式処理システム Nemo の開発を通して,以下の課題を解決することを目指す.1) AbstractAlgebra.jl の開発を通して,拡大体(とくに局所体)の高速計算アルゴリズムを提案し,高次拡大体の計算や高速同型判定を可能にする.2) Hecke.jl の開発を通して,数論幾何的対象(楕円曲線やモジュラー形式)の計算パッケージを実装し,代数体上の楕円曲線の効率的探索を実現する.また,以上の実装を用いて大規模探索を行い,数論データベース LMFDB の拡張プロジェクトへの貢献を目指す.
著者
森岡 清志 安河内 恵子 江上 渉 金子 勇 浅川 達人 久保田 滋
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

1.本研究の目的は,年賀状をデータベースとして事例調査を実施し,拡大パーソナルネットワーク(親しい人びとだけでなく知人とのネットワークを含むもの)を捉えること,また標本調査を実施し,親しい人びとのみに限定されたネットワークの内部構造を捉えることの二つである。平成11年度〜平成12年度にかけて事例調査と標本調査を実施し,その成果を報告書にまとめている。2.事例調査は,3地点でそれぞれ異なる研究課題のもとに実施された。三鷹市では,コミュニティ・センター運営委員を対象者として,地域社会への関与の様相と拡大パーソナルネットワークとの連関を捉えることに,福岡市では,中央区と西区の高齢者を対象者としてライフコースに伴う拡大パーソナルネットワークの変容過程を捉えることに課題がおかれ,かなりの達成をみた。徳島市では住民運動のリーダーを対象者として署名集めの資源としてのネットワークの動員過程を明らかにすることとし,多くの興味深い知見をえることができた。3.平成11年度に実施したプリテストの結果から,回答者の挙げる親しい人5名の相互関係を問う質問項目において,個別面接調査と郵送調査とで,回答の精度に差がみられないことが明らかとなった。そこで平成12年度は,東京都市区全域から8市区をランダムに抽出し,対象者総計2000名に対する郵送調査を実施した。8市区は,文京区・品川区・大田区・世田谷区・八王子市・青梅市・東村山市・多摩市であり,各市区の人口比にしたがって2000名を配分した。有効回収票は656票(回収率33.2%)であった。データクリーング後,集計解析を実施し,ネットワーク構造を規定する要因群の析出,地位達成とネットワーク構造との関連などをテーマとして報告書を作成した。報告書のI部はこの成果が,II部は事例調査の成果が載せられている。
著者
前島 郁雄 鈴木 啓介 田上 善夫 岡 秀一 野上 道男 三上 岳彦
出版者
東京都立大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1987

本年度は、3年間の研究計画の最終年度であり、研究成果をまとめると以下の通りである。1.全国19地点の日記の天候記録をもとに、1771-1840年の70年間について、夏季4ケ月(6〜9月)の毎日の天候分布図を完成した。次に、北海道を除く全国を5つの地域に区分し、各地域毎に降雨の有無の判定を行なった。降雨の有無を1と0とで表現し、その組み合せから、全32タイプの天候分布型を設定して毎日の天候分布型の分類を行なった。その結果を天候分布型カレンダ-としてまとめた(成果報告書参照)。2.一方、現在の天候デ-タを用いて、上記と同様の方法で1975〜84年の10年間について、天候分布型の分類を行なった。気圧配置型については、吉野ほか(1967、1975、1985)による分類法を若干修正して用いることにした。各天候分布型に対応する日の気圧配置型を集計して、両者の対応関係を検討した。その結果、一つの天候分布型に対して必ずしも一義的に気圧配置型が対応しないことが明らかになった。3.最終的に、次の手順で気圧配置型の復元を試みることにした。(1)歴史時代の毎日の天候分布図を作成し、上述の方法で32通りの天候分布型に分類する。(2)現在の観測デ-タに基き作成した各天候分布型に対応する前線と高低気圧・台風中心位置の合成図を参考に、ワ-クシ-トを作成する。ワ-クシ-トには、想定される概略的な前線と高低気圧の中心位置を書き込む。この場合、連続性や高低気圧の移動速度等を考察する。(3)完成したワ-クシ-トをもとに、毎日の気圧配置性を吉野らによる分類法にしたがって復元する。本研究では、実際に1783年(天明の飢餓年)の6〜7月の気圧配置型の復元を試みた。
著者
野元 弘幸 青木 直子 大串 隆吉 新海 英行 衣川 隆生
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

本研究は、外国人住民の日本語読み書き能力が著しく劣り、地域において日本語文字によるコミュニケーションが成立していないのではないかという問題関心から、日系ブラジル人集住地区(愛知県豊田市保見団地)で、日系ブラジル人を対象とした大規模な読み書き能力調査を実施した。また、その調査結果をもとに、読み書き能力の習得を位置づけた日本語教育プログラムの開発を試みた。本研究の成果は以下にまとめることができる。(1)外国人住民の日本語読み書き能力が低く、極めて深刻な状態にあることを明らかにした。自動車・家電製品の工場で働く人の7割強が、「危険」を「読めないし意味もわからない」状態にあることが明らかとなった。また、46%しか、自分の姓名をカタカナで正確に書けないことも明らかとなった。(2)集住地域に対象を限定し、地域内で被調査者が日常的に見る標識や表示を調査に利用するという特徴的な調査であったために、当該地域において文字によるコミュニケーションが成立していない可能性が極めて高いこと示す結果を得た。(3)漢字に比べると、ひらがな・カタカナの習得状況は良く、日本で働き生活する外国人住民の基礎教養としてひらがな・カタカナの習得を促す根拠を明らかにできた。以上のような成果をもとに、日本語教育政策の新たな展開と、日本語読み書き能力の習得を伴う新しい日本語教育プログラムの開発を試みることができた。
著者
三宅 昭良
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

今回の研究によって、エズラ・パウンドのファシズム傾斜の全容、ウィリアム・ダッドリー・ペリーの心霊主義とファシズムの関係、ペリーのパウンドにあたえた影響は解明できた。パウンドにおいては<アメリカ>という問題がきわめて重要である。理想の<アメリカ>が現実の歴史と政治から失われてゆく思いから、ファシズムと反ユダヤ主義に傾倒してゆくのであった。その課程で、ペリーの「南北戦争とリンカーンの死の秘密」という論文を読んだことが、パウンドにとっては決定的であった。南北戦争というアメリカ史上最大の国家的危機がユダヤ人による陰謀であったという暴論に衝撃を受け、「ユダヤ人問題」の研究に彼ははいるのである。その意味でペリーの反ユダヤ主義が詩人にあたえた影響は重大である。ペリーのファシズムは反ユダヤ主義思想、銀シャツ党の活動、心霊主義、経済改革論の4つの柱から成る。今回の研究では銀シャツ党の活動の概要、心霊主義の核心、そして心霊主義と反ユダヤ主義、さらに経済改革論とそれらの関係の解明を試みた。彼の人種理論はグラントなどの黄禍論的人種主義と同種のものであるが、それに宇宙論的妄想をかぶせたところにその特徴がある。すなわち、地上にさまざまな人種が存在するのは、宇宙から人類の祖先が移住してきたところに原因があるとする説である。そしてユダヤ人を含む黄色人種は「優秀な支配人種たる白人種を脅かす危険な存在」という、例の黄禍論に接続するのである。また、ペリーの経済改革論は実行不可能な空想的ユートピアにすぎず、オカルト的人種論と同じメンタリティの所産であることがよく分かる内容である。そしてこの建設的価値が彼の反ユダヤ主義を支えるもうひとつの思想的軸なのである。
著者
小西 いずみ
出版者
東京都立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本年度は以下の研究を行なった。1.面接調査の結果の分析:奈良田の伝統的方言の音韻・語彙・文法および言語生活について,これまで行った調査のデータを整理し,分析した。また,高年層男性話者1名による,特徴的な音韻・音声を含む単語の発話や,文法上の特徴を含む短文(主に国立国語研究所編『方言文法全国地図』1〜6集の質問文を参考にした)の発話を録音し,文字化・分析した。2.自然談話の収集とその分析:奈良田方言の高年層女性話者1名による昔話の語り,高年層話者どうしによる自然対話を収録し,その文字化・共通語訳付与を行なうとともに,そこに現れる音韻・語彙・文法上の特徴を分析した。3.奈良田方言について触れた書籍,研究論文,新聞・雑誌の記事データベースを作成した。また,その内容について,奈良田方言研究史という視点,方言研究が地域住民の言語意識に与える影響という視点から分析・考察した。4.成果の発表:(1)上の1,2で得た音声を電子化・編集し,奈良田方言音声データベースを作成した。その一部をHTML化し,web上で公開しており,また,同様の内容を収めたDVD-ROMを作成し,調査地や研究機関に配布する予定。(2)上の1,2,3の成果にもとづき,近年の奈良田方言のアクセント変化および方言併用・切替の状況について,考察した(小林隆編『シリーズ方言学』岩波書店に掲載予定)。
著者
林 文男
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

同翅亜目昆虫類について,セミ型類6科29種およびハゴロモ型類8科12種について,精子の形態および内部生殖器の観察を行うた.その結果,セミ型類のセミ科,アワフキムシ科およびヨコバイ科の3科で巨大精子束が形成されていた.セミ科とヨコバイ科では,長いヒモ状物質に精子の頭部先端が一列に付着するのに対して,アワフキムシ科では棍棒状の物質の周りに精子の頭部先端が付着して精子束を形成していた.他のセミ型類および観察したすべてのハゴロモ型類では精子が束になるということはなかった.これまでに知られているこの仲間の分子系統樹に,以上の結果を重ね合わせると,セミ型類では精子束を形成することが祖先的であり,その後コガシラアワフキムシ科,トゲアワフキムシ科,ツノゼミ科で精子束の形成が消失したと考えられた.巨大精子束を形成する物質(精子を束ねる物質)は,トリプシン処理によって分解されたため,タンパク質から成ることが明らかとなった.これらの精子束は精巣から貯精嚢にかけて徐々に形成され(成長し),そのままの形でメスに渡された.メスの交尾嚢の中で,精子束は分解してしまう.精子は離脱して受精嚢に集合しそこに蓄えられる.一方,精子を束ねていた物質は交尾嚢の中で完全に分解され,おそらく吸収されてしまう.ローダミンBという蛍光物質(タンパク質に結合)を取り込ませた物質をツマグロオオヨコバイのメスの交尾嚢に注入すると,卵巣で発達中の卵中にこの蛍光物質が取り込まれることが明らかとなった.精包などとともに,精子を束ねる物質も,オスからメスへの婚姻贈呈物として機能している可能性が示唆された.
著者
黒川 信 桑沢 清明 矢沢 徹
出版者
東京都立大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1997

甲殻類では、脳内物質のリアルタイム分析はおろか、血液中の物質変動の解析すら試みられていない。無拘束甲殻類でマイクロダイアリシス法により血液中のセロトニン、ドーパミンなどの生体アミン、グルタミン酸、GABAなどのアミノ酸の高感度HPLC分析を行った。アメリカザリガニとアメリカンロブスターを用い、氷麻酔下の個体および外的刺激による闘争ないし威嚇行動発現中の個体の各種神経ホルモン、伝達物質の血中濃度を分析し、行動との関係を解析した。アメリカザリガニでセロトニンが、アメリカンロブスターでドーパミンが、威嚇ないし闘争行動にともなって血中濃度が増大することが明らかになった。アメリカザリガニでは、セロトニンが氷麻酔時5.3±1.0、興奮時17.3±3.0、その代謝産物5-HIAAが氷麻酔時71.1±14.5、興奮時29.8±14.1であった(単位pg/10ul)。一方モノアミン、アミノ酸の血中濃度は麻酔時と興奮時で有意差が認められなかった。アメリカンロブスターでは、全個体で興奮時のドーパミン血中濃度が麻酔時のドーパミンより有意に増加した。セロトニンおよび5-HIAAは測定限界を下回った。従来の研究では、動物の行動、心理状態を考慮するどころか、in vivoでの神経伝達物質の血中濃度そのものが十分調べられていなかった。本研究では多くの神経ホルモン伝達物質について平均的な体内濃度を明らかにできたばかりでなく、行動にともなう物質変動を捉えることができた。アメリカザリガニではセロトニンレベルの上昇がセロトニン代謝産物の5-HIAAレベルの下降をともなった。一方アメリカンロブスターではドーパミンレベルの上昇が、ドーパミン代謝産物HVAの上昇をともなわなかった。今後これらの物質の放出器官や代謝経路の検討を含めて、薬理学的、組織化学的手法も取り入れて研究を進める。
著者
乾 彰夫 佐野 正彦 平塚 眞樹 堀 健志 岡部 卓 杉田 真衣 樋口 明彦
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2018-04-01

本研究は、若者の大人への移行に、教育、労働市場、社会保障、家族などの諸制度・慣行が与える影響を、先進国間の比較を通じて明らかにすることと、それを通じて若者の移行支援にかかわる制度・政策へのインプリケーションを得ることを目的としている。そのため本研究では、日本・イギリス・ドイツ・スイス・ノルウェーを対象に、パネル調査データなどを用いて、教育・労働市場・社会保障・家族の諸制度・慣行が若者の移行に与えている影響を比較するという方法をとる。第一年度となる2018年度は、①学校から仕事へ・離家・家族形成の三移行のわが国のこの間の変化及びそれらに関わる諸制度等を概観するとともに、②海外共同研究者の協力を得て対象各国の状況を概観した。さらに③これらを踏まえ、比較枠組みについて海外共同研究者を交えて検討するとともに、④比較研究に利用するパネルデータ等の検討を行った。なお日本データについては、当初予定していたYouth Cohort Study of Japanに加え、厚労省21世紀成年者縦断調査データを利用する可能性を検討するため、同データの利用申請手続きを行った。また⑤先行して試行的に分析検討を行ってきた日英比較について、海外研究協力者とともに国際学会で発表するとともに、国際ジャーナルに投稿した。
著者
熊谷 良雄 糸井川 栄一 金 賢珠 福田 裕恵 雨谷 和弘
出版者
東京都立大学
雑誌
総合都市研究. 特別号 (ISSN:03863506)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.123-143, 1996-12
被引用文献数
2

平成7年1月17日未明に発生した「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」は、未曾有の構造物被害をもたらし、長期間にわたって発生した火災ともあいまって、5,500人以上の直接的な死亡者を発生させた。また、地震発生直後からの応急対応が体系的に実施されなかったこと等によって、900人以上にも及ぶいわゆる震災関連死をもたらす「阪神・淡路大震災」に発展していった(平成8年12月26日現在、死者数:6,425名,行方不明者数:2名)。22ヵ月を経過した平成8年11月時点で兵庫県下では、11万3千棟の公費解体数の約70%にあたる建築確認申請が受理され、遅々としたペースではあるが被災建物の再建が進みつつある。しかし、建物個々の耐災性に関する調査や提言はなされているものの、地区そのものが本来抱えている脆弱性、たとえば、地形・地質と被災度等の分析は、それほど多くはない。今後の被災地域の復興や被災地域外での防災対策立案にあたって、個々の被害項目を対象とした被害発生分析: Damage Assessmentは必須のものである。阪神・淡路大震災によってもたらされた膨大な人的被害についても、死因に関する分析や個々人の死に至った過程に関する分析はなされているものの、自然的・社会的な地区特性等との関連については被害量の膨大さに圧倒され、いまだに被災地域全体を横断的にとらえた検討はなされていない。そこで、本研究でははじめに、建設省建築研究所のGIS: 地理情報システムを用いて個々の建物被災度と死亡者発生の関連を分析する。それを踏まえて、地区特性と死亡者発生率との関連を、神戸市の沿岸6区の町通単位で分析する。本研究が、震動によって直接的に犠牲となった5,500人以上の方々を慰霊できれば望外の幸せであり、また、二度とこのような犠牲が出ない都市・地域を形成することに役立てば、と願っている。More than six thousands lives were lost in the Great Hanshin-Awaji Earthquake. Around 90% of the causes of deaths were related to housing damages such as completely collapsed and burnt down. In this study,firstly,we try to clarify the relations of each victim to damage,use and structure of building which was living the victim before the quake. The geographical information system in the Building Research Institute was utilised for this analysis. Secondery,as part of the damage assessment of the Great Hanshin-Awaji Earthquake,the fatality rate in each district (Chou and Touri) in Kobe City was analysed through building damage rate caused by the quake and demographic and socio-economical backgrounds in each district. Several conclusions are as follows: 1) The fatality rate of female was 20-30% as high as male. 2) 90% of building where fatalities used to live before the quake are low-rise buildings. 3) In low-rise detached and apartment houses,80% of fatalities were killed in completely and half collapsed buildings. 4) When the rate of completely collapsed buildings increase 10%,number of death per total number of building will increase 0.05-0.06 person/bldgs. 5) The fatality rate in each district depends not only on the building damage rate but also on the ground failure of residential land. 6) Concentration of small residential houses contribute to decreasing of the fatality rate.
著者
原 研二 黒子 康弘
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

ルネサンス以降の観念の図像化運動を解明するために,まず多種多様な図像をデータベース化した。このデータベース化されたものを有効活用する手がかりとして,人工洞窟の分析,オペラ座をめぐる言説に関する研究を展開した。また世紀末関連では,「宿命の女」のイメージ,「天使」のイメージが個性化するさまを追った。また,17世紀における道化の図像とオランダ静物画のリアリズムの同質性の分析に手を染めた。ここから西欧の広場の芸能と新世界との関わりを,図像的に展開する可能性を得た。またオペラ・トゥーランドット論「愛のグランド・オペラ2」では,ヤコブと天使が格闘する旧約聖書の不思議な場面と,主人公ふたりのなぞなぞのやり取りに共通性を見るために,ドラクロワ,ゴーギャンの図版とルネサンスの「タンクレディもの」の図版を組み合わせてみた。これを敷衍して,男と女の対決が基本的に天使との格闘による相互宿命の構造をもつことを,明らかにできた。一方,ワーグナー論「観光ロマン主義のリアル」においてもまた,19世紀の熱帯図版,グロッタ図版,パノラマ図版,遊園地図版,王侯の庭園図版を組み合わせる試みを行った。神話的な意味解釈の深みにはまってきた従来のワーグナー論とはまったく違う,光学上のワーグナーという新しい局面が図像研究によって開かれた。また「事物詩」というジャンルにおける「物」と「言葉」の関係を,ホメロス,バロックのエンブレム,リルケ,ヨゼフ・コススという長大なスパンで思考することによって,文芸学的メディア論という方向性を発掘した。かくして,これらの個別研究を質量とも充実することによって,価値観のパラダイムとしての図像研究へと展開する基礎を築いた。
著者
本間 猛
出版者
東京都立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本研究課題は、最近の言語理論である最善性理論(Optimality Theory)の展開を調査し、その知見を日本語音韻論の理論的研究に応用することが目的であった。この目的を達成するために、最善性理論の枠組みに基づく研究において提案されている「制約」を詳しく検討し、その結果に基づき、制約を分類整理し、その目録を作ることを具体的な目的に据えた。最善性理論とは、1992年前後からアメリカの音韻理論の研究者が中心となって開発をすすめてきた言語理論で、その理論では、「制約」(constraints)が、重要な役割を果たしている。言語は、互いに相矛盾する可能性のある複数の制約の相互作用の結果、生み出されるものであるとされる。ある制約の要求を満たすためには、別の制約を破る必要があるかもしれないということである。また、制約は、普遍的であると考えられ、どの言語の文法にも含まれており、ある特定の言語の文法は、ある特定のしかたで順位付けられた制約の階層であるとされる。平成11年度におこなわれた研究を引き継いで、平成12年度(今年度)は、さらに、制約の分類整理のための基準を検討した。その結果、制約は、有標性制約群(Markedness constraints)、忠実性制約群(Faithfulness constraintsまたは、Identity Constraints)、整列制約群(Alignment constraints)に大別されるとする見方が有力であることが分かった。さらに、それぞれの制約の群は、下位区分を持っている。有標性制約群は、分節有標性制約群(Segmental markedness constraints)や音素配列有標性制約群(Phonotactic markedness constraints)などに分類される。忠実性制約群は、どの要素が他のどの要素に忠実であるかにしたがって、下位区分される。要素間の関係については、対応理論(Correspondence Theory)と呼ばれる下位理論が開発されている。最近の成果については、The Prosodic-Morphology Interface(Kager,van der HulstおよびZonneveld編集,Cambridge University Press)に収録されているMcCarthy and Prince(1999)"Faithfulness and Identity in Prosodic Morphology"が参考になる。本研究課題の成果として、忠実性制約群の下位区分の一つである共感制約(Sympathy Constraint)を用いる共感理論(Sympathy Theory)に関する二つの論文を仕上げ、出版の予定である。共感理論とは、実際の出力の形式と潜在的に出力になりえる形式との間の忠実性を問題にする理論である。詳しくは、McCarthy(1999)"Sympathy and Phonological Opacity"(http://www-unix.oit.umass.edu/^-jjmccart/にて入手可能、Phonology Cambridge University.Pressにて、出版予定)を参照のこと。また、英語の音素配列に関する論考をまとめ、著書の一部として、出版の予定である。
著者
菅原 敬 藤井 紀行 加藤 英寿
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

カンアオイ属タイリンアオイ節植物は,九州南部に分布するサツマアオイ,九州北部から中国地方西部に分布するタイリンアオイ,東海地方のカギガタアオイ,伊豆半島のアマギカンアオイ,そして関東地方南部の多摩丘陵に分布するタマノカンアオイからなる一群である.これらは,日本列島の東西に隔離分布するにもかかわらず,萼筒の形態や内壁の襞紋様,舷部の形態などによる類似性から,一つの分類群(節)にまとめられている.また,この節内の分化については,九州地方産種から関東地方産種へ萼筒の形や柱頭の形に勾配的な変異が認められるとして,西から東への分布拡大の過程で分化したのではないかと考えられている(前川,1953).しかし,二地域間には地理的距離の大きな隔たりがあり,また,花形質で指摘されてきた変異は必ずしも勾配的変異とはいえない.そこで,本研究では,分子系統学的解析に基づいて,タイリンアオイ節の単系統性と同節種間の系統関係を明らかにし,地理的分布との関連について考察することを目的とした.カンアオイ属植物についての分子系統学的解析は,これまでにKelly (1998)による核DNAのITS領域の解析による報告があるが,この一群についての解析はない.葉緑体DNAのtrnL遺伝子間領域の塩基配列,そして核DNAのITS-1領域の塩基配列の比較による系統解析を進めた.その結果,葉緑体DNAについては,系統解析を進める上で有効な情報を得ることはできなかったが,ITS領域については多くの変異がみられ,系統推定のための情報を得ることができた.ITS領域に基づく分子系統解析の結果,タイリンアオイ節の九州産2種と東海・関東産の3種は,それぞれ別のクレードに属し,単系統性は認められないという結果が得られた.これは,タイリンアオイ節諸種が西から東への分布拡大の過程で分化したものではないことを示唆している.
著者
堀 信行 飯島 祥二 高岡 貞夫 岡 秀一
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

色彩景観研究に取り組むに当たり、城下町起源の東西の小都市である角館と萩を対象地域に選び、平成8年度には角館、平成9年度には角館と萩の両者について現地調査を実施した。研究は大きく二つの方向で進められた。第一の方向は都市景観の色彩に関する計測的研究で、街路景観を構成する施設色彩の特性の都市間比較および自然・人工景観における輝度や色度の特性の都市間比較を試みた。当初、研究対象地域の植生の色彩がその地域の色彩景観との間に何らかの相互関係が存在するのではないかと考えたが、色彩景観として街路景観やビルの外壁など施設色彩に注目して分析を行った結果、現在のところ角館と萩の両者を比較しても、この作業仮説を積極的に支持する成果は得られていない。第二の方向は色彩民俗学的視点を取り入れた研究で、お祭りや絵図の中に現出する色彩群に社会的・文化的コードの文脈を読み取り、それを自然景観や記憶色との関係から分析した。角館の9月上旬に行われる祭りには、ヤマと呼ばれる山車が各町内から出て町を練り回る。山の象徴である山車は、きわめて濃い濃紺の布で覆われ、それに春の象徴としての桜、秋の象徴としての紅葉したモミジが飾り付けられている。さらに山の象徴に杉の樹も使われ、季節の推移に連動して山と里の間を出入りする神のイメージが植生の色彩を通して表現されている。これらの分析から、色彩景観として住民が互いに共有する記憶色といえる象徴的な色彩が意識され、それぞれが祭りの山車に表現されていることが分かった。