著者
保坂 和彦 桜木 敬子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.39, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

マハレのチンパンジー研究が50周年を迎えた2015年の8月20日朝、通算14例目にあたるカニバリズム(子殺しだけの観察を除く)がM集団で観察されたため速報する。犠牲者は生後間もない乳児(♀)である。母親は不明であるが、現場で採取した頭蓋骨片の輸入手続きが終わり次第、M集団のDNAバンクを扱う研究者の協力を得て、DNAによる親子判定を進めたい。本発表では、約3時間の映像写真資料を用い、肉を所持したアルファ雄PRと周囲個体との社会的相互作用を分析した結果を報告する。PRは、観察者が騒ぎを聞きつけた時点から死体を食べ始めるまでの約5分間、周囲の雌からwraaやbarkを浴びながら、死体を口に銜えたまま河原をcharging displayした。騒ぎが収まった後、PRは河原に座り死体を頭からかじり始めた。PRが樹上に位置を移すと、年寄り雌NKが近づいてきて物乞いを始め、僅かな肉片を獲得した。その他の雌は距離を置いて観察するか、河原に落ちてくる骨片の拾い食いを始めた。騒ぎが聞こえる範囲にいたオトナ雄2頭は現場には近づかず、ワカモノ雄1頭だけが拾い食い集団に加わった。PRは約2.3時間かけて死体が皮になるまで食べきった。その皮は妹PFが譲り受けた。集団内カニバリズムの観察は1995年の事例を最後に途切れていたが、昨年のPSJ大会で西江が約20年ぶりの事例を報告した。今回の新事例は、わずか8ヶ月半後の出来事であった。偶然の可能性も排除できないが、新生児をねらったカニバリズムが一時的に流行した可能性も否定できない。マハレにおけるカニバリズムは犠牲者が♂に大きく偏り、犠牲者の性別が判明している13例中2例だけが♀である。かつて、集団内の性的競争者を減らす社会性比調節機構としての子殺しが論じられた経緯があるが、カニバリズムが減った過去20年間も社会性比に大きな変化はなく、今その存在を主張する根拠は乏しい。代替仮説として、肉食それ自体がカニバリズムの動機づけとなりうることを論じる。
著者
桜木 敬子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.32, pp.52, 2016

<p>母親以外の個体がアカンボウの世話をすることを、アロマザリング(allomothering)と呼ぶ。霊長類の中にも、アロマザリングを行う種は多く存在する。アロマザリングは多くの場合、父親、叔母、兄・姉等の、血縁個体によって行われる。すなわち、アロマザリングの進化においては、血縁選択が大きな役割を果たしたと考えられる。アロマザリングの程度や量は種ごとに大きく異なるが、チンパンジー(<i>Pan troglodytes</i>)は、あまりアロマザリングを行わない種である(Nishida, 1983)。チンパンジーは複雄複雌の集団を形成し、メスが集団を移籍する。メスは移籍先の集団で子を産むので、血縁個体としてアカンボウの世話を手伝うことができるのは、一般に子の父親、(いれば)兄・姉に限られる。ただ、チンパンジーは乱婚制であるから、父親が実子を認知することは容易ではないと考えられる。したがって、チンパンジーにおいて、血縁個体による投資としてのアロマザリングがあまり見られないことは、不思議なことではない。とはいえ、機会さえあれば、アカンボウが非母親個体と関わる場面は少なくない。前述の先行研究では、アカンボウと非母親とのほぼすべての相互交渉がアロマザリングに含まれている。しかし、実際、どのような行動および交渉が、チンパンジーにおけるアロマザリング、すなわち「母親以外の個体による、アカンボウの世話」と呼ばれるべきだろうか。本研究では、約7か月にわたって、タンザニア・マハレ山塊国立公園に生息するおよそ65頭のチンパンジーの集団における、0歳から3歳までのアカンボウ10頭を個体追跡した。ここでは、アカンボウと、非血縁個体、兄・姉等の母親以外の血縁個体、そして母親との間の相互交渉を(その有無を含め)比較しつつ、予備的な結果を発表する。</p>