- 著者
-
友永 雅己
- 出版者
- 日本霊長類学会
- 雑誌
- 霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
- 巻号頁・発行日
- pp.61, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)
ヒトを含む霊長類は、他者との相互交渉の中で視線を多様な形で利用している。このような共同注意や視線追従と呼ばれる現象は、特にヒトにおいて顕著である。ヒトの白い強膜などのユニークな形態的特徴はこのような社会的コミュニケーションの進化と密接な関係にあると考えられている。視線コミュニケーションを円滑に進めるためには、他者が自分の方を見ているのか、そうでないのかを的確に識別する能力が必須である。これまでヒトでは、自分の方を見ている顔の方が自分の方を見ていない顔よりも見つけやすい、目が合っている・いないの弁別閾は虹彩の位置であっても頭部の向きであっても回転角2度程度であること、などがわかっている。一方、ヒト以外の霊長類はすべてヒトとは異なり、強膜露出部分にも色素が沈着しているため虹彩とのコントラストが低く、眼裂内の虹彩の位置による視線方向の推定は日常的にはあまり行われていない可能性も示唆される。しかしながら、ラボでの研究では飼育下のチンパンジーでも自分の方を見ているヒトの顔の方がそうでない顔よりも検出が容易であることが報告されており、ヒトとの日常的な社会的かかわりの中で視線のような社会的手がかりの利用を学習している可能性も示唆される。そこで本研究では、チンパンジーとヒトを対象に、視覚探索課題を用いてヒトの顔の視線方向の弁別精度(弁別閾)を測定した。弁別成績(正答率70%程度を維持)に応じて正視と逸視の間の角度の差を変化させる上下法を採用した。その結果、チンパンジーでは、頭部の向き6.9°、虹彩の位置では7.1°であったのに対し(n.s.)、ヒトでは、反応時間制限を付した測定において、頭部の向きでは2.6°、虹彩の位置では5.3°という弁別閾が得られた(p<0.001)。ヒトの結果は先行研究とは異なり頭部の向きの感受性の高さを示唆しているが、この点についてはさらなる検討が必要だ。しかし結論として、チンパンジーの方が視線方向の弁別精度が相対的に低いことが示唆された。