著者
峠 明杜
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.56, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

固着性である植物は、子を残して分布を広げるために種子を散布する。種子と果実は種子散布の様式に従ってその形態を発達させてきた。よって種子や果実の形態はその植物の種子散布様式を反映していると考えられる。本研究で対象としたミズキ属は、大半の種が小さな単果を付けることから鳥散布とされている。しかし、日本に自生するミズキ属の中でヤマボウシ(Cornus kousa)だけが集合果という特殊な果実形態をとる。ミズキ属の系統関係から単果が祖先的な形質、集合果形質は派生的な形質であることが知られており、集合果形質の獲得はサルによる種子散布が原因であると長らく考えられてきたが、そのことを実証するような研究はされていない。本研究では宮城県金華山島のニホンザル(Macaca fuscata)がヤマボウシの種子散布にどれほど寄与しているかに注目し、ヤマボウシにとっての最適な種子散布者像や集合果形質の進化的背景を明らかにしようとした。結果として、ヤマボウシの果実は熟すとすぐに木から落ちること、ニホンザルはヤマボウシ果実を樹上ではたくさん食べるが地上に落ちた果実はほとんど食べないこと、ニホンザルが未熟果でもよく食べて種子を噛み割ってしまうことなどが明らかになった。鳥類による果実食は2度あったが種子を飲み込むような行動は見られなかった。金華山島に生息する大型・中型哺乳類はニホンザルとニホンジカのみと哺乳類層が貧弱であるが、そのような環境では確かにニホンザルが最も種子散布者として貢献していると考えられる。しかしヤマボウシが熟果をすぐに落とす一方、ニホンザルが落果をほとんど食べないことから、集合果形質の進化にニホンザルが関与したとは考えにくい。集合果形質の進化に寄与した最適な種子散布者像としては地上生の哺乳類が考えられるが、本研究ではそれを実証することはできなかった。より哺乳類層の豊かな地域で調査する必要がある。
著者
澤田 晶子 栗原 洋介 早川 卓志
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.57, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

食物の消化吸収に密接に関連する腸内細菌叢は、長期の食事パターンの影響を強く受けることでも知られている。本研究では、季節に応じて様々な食物を食べる屋久島の野生ニホンザル(Macaca fuscata yakui)の腸内細菌叢が、葉食、果実・種子食、昆虫食といった採食パターンに応じてどのように変化するのか検証した。調査期間は2012年10月から2013年9月、調査対象であるオトナメス3個体から糞を採取し、次世代シークエンサーで網羅的に細菌種を同定した。エンテロタイプ(3種の細菌の比率に基づき区分される腸内細菌叢の型)に着目したところ、どの採食パターンにおいてもプレボテラタイプ(高炭水化物食と関連するエンテロタイプ)になり、採食時間の70%近くが昆虫食であった昆虫食期においても変化はみられなかった。一方、プレボテラタイプでは同じであっても、採食パターンによって細菌叢の構成が異なることがわかった。たとえば、葉食期にはセルロース分解菌を含むことで知られるトレポネーマ属の細菌種の増加がみられるが、これによりニホンザルは繊維含有量の高い葉を効率よく消化・吸収しているのではないかと推測する。
著者
藤野 健
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.66, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

【はじめに】ゴリラは幅のある樹幹上や地上では専らナックルウォーキングで水平移動するが、他方腕渡りが観察される機会は大変少ない。3歳7ヶ月齢のコドモ個体の腕渡りを動画撮影する機会を得たのでその特徴を報告する。【材料と方法】京都市動物園にて飼育されるニシゴリラ(G)コドモ雄(撮影は2015年7月)を、過去に撮影したキンシコウ(R)のコドモ雄、アカアシドゥクラングール(P)雌雄成体、シロテテナガザル(H)雌成体のビデオ画像と比較した。【結果】Gはケージ内に渡された全長約7mのロープを休み休みに緩慢に腕渡り移動した。両手でぶら下がり、後肢、特に下腿をぴょんと屈して幾らか重心を後方に移動させ、その反動で片手でぶら下がりを開始する際の推進力の足しにすると思われる独特な像を示す。これはブランコの漕ぎ始めの動作を連想させるが、前方推進力産生に寄与する効果は少ない様に見え、当個体が学習した動作の可能性もある。左右交互の前肢突き出しに伴い、顔面は前方を向くが、Hの様に頸部を迅速に回転させ常時顔を前方に向ける程では無い。体長軸回りの胸郭の回転発生に伴い。腰も位相差なく、つまり「胴体」が一体となり、左右に反復回転する。尚G成体に腕渡りは観察されなかった。【考察】Gの腕渡り動作には、Hの様な頭部、胸郭、腰間の逆回転性の発生は弱いか或いは観察されない。これに加え俊敏性と巧緻性に劣る点からもセミブラキエーターの腕渡りに類似する。但し手指で体重を支える能力は手足を用いて頻繁にぶら下がり遊びする点からも明らかにGが優れる。Gの胸郭形態と肩甲骨の背側配置は、祖先が腕渡りに相当程度進んでいた事を物語るが、観察された運動特性からもGがヒトと同様に、前方推進機能を低下させた腕渡り動物、即ち過去に獲得したブラキエーターとしての能力を失いつつある動物と理解可能である。
著者
保坂 和彦 桜木 敬子
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.39, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

マハレのチンパンジー研究が50周年を迎えた2015年の8月20日朝、通算14例目にあたるカニバリズム(子殺しだけの観察を除く)がM集団で観察されたため速報する。犠牲者は生後間もない乳児(♀)である。母親は不明であるが、現場で採取した頭蓋骨片の輸入手続きが終わり次第、M集団のDNAバンクを扱う研究者の協力を得て、DNAによる親子判定を進めたい。本発表では、約3時間の映像写真資料を用い、肉を所持したアルファ雄PRと周囲個体との社会的相互作用を分析した結果を報告する。PRは、観察者が騒ぎを聞きつけた時点から死体を食べ始めるまでの約5分間、周囲の雌からwraaやbarkを浴びながら、死体を口に銜えたまま河原をcharging displayした。騒ぎが収まった後、PRは河原に座り死体を頭からかじり始めた。PRが樹上に位置を移すと、年寄り雌NKが近づいてきて物乞いを始め、僅かな肉片を獲得した。その他の雌は距離を置いて観察するか、河原に落ちてくる骨片の拾い食いを始めた。騒ぎが聞こえる範囲にいたオトナ雄2頭は現場には近づかず、ワカモノ雄1頭だけが拾い食い集団に加わった。PRは約2.3時間かけて死体が皮になるまで食べきった。その皮は妹PFが譲り受けた。集団内カニバリズムの観察は1995年の事例を最後に途切れていたが、昨年のPSJ大会で西江が約20年ぶりの事例を報告した。今回の新事例は、わずか8ヶ月半後の出来事であった。偶然の可能性も排除できないが、新生児をねらったカニバリズムが一時的に流行した可能性も否定できない。マハレにおけるカニバリズムは犠牲者が♂に大きく偏り、犠牲者の性別が判明している13例中2例だけが♀である。かつて、集団内の性的競争者を減らす社会性比調節機構としての子殺しが論じられた経緯があるが、カニバリズムが減った過去20年間も社会性比に大きな変化はなく、今その存在を主張する根拠は乏しい。代替仮説として、肉食それ自体がカニバリズムの動機づけとなりうることを論じる。
著者
友永 雅己
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第32回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.61, 2016-06-20 (Released:2016-09-21)

ヒトを含む霊長類は、他者との相互交渉の中で視線を多様な形で利用している。このような共同注意や視線追従と呼ばれる現象は、特にヒトにおいて顕著である。ヒトの白い強膜などのユニークな形態的特徴はこのような社会的コミュニケーションの進化と密接な関係にあると考えられている。視線コミュニケーションを円滑に進めるためには、他者が自分の方を見ているのか、そうでないのかを的確に識別する能力が必須である。これまでヒトでは、自分の方を見ている顔の方が自分の方を見ていない顔よりも見つけやすい、目が合っている・いないの弁別閾は虹彩の位置であっても頭部の向きであっても回転角2度程度であること、などがわかっている。一方、ヒト以外の霊長類はすべてヒトとは異なり、強膜露出部分にも色素が沈着しているため虹彩とのコントラストが低く、眼裂内の虹彩の位置による視線方向の推定は日常的にはあまり行われていない可能性も示唆される。しかしながら、ラボでの研究では飼育下のチンパンジーでも自分の方を見ているヒトの顔の方がそうでない顔よりも検出が容易であることが報告されており、ヒトとの日常的な社会的かかわりの中で視線のような社会的手がかりの利用を学習している可能性も示唆される。そこで本研究では、チンパンジーとヒトを対象に、視覚探索課題を用いてヒトの顔の視線方向の弁別精度(弁別閾)を測定した。弁別成績(正答率70%程度を維持)に応じて正視と逸視の間の角度の差を変化させる上下法を採用した。その結果、チンパンジーでは、頭部の向き6.9°、虹彩の位置では7.1°であったのに対し(n.s.)、ヒトでは、反応時間制限を付した測定において、頭部の向きでは2.6°、虹彩の位置では5.3°という弁別閾が得られた(p<0.001)。ヒトの結果は先行研究とは異なり頭部の向きの感受性の高さを示唆しているが、この点についてはさらなる検討が必要だ。しかし結論として、チンパンジーの方が視線方向の弁別精度が相対的に低いことが示唆された。