著者
Naveen CHANDRA Prabir K. PATRA Jagat S. H. BISHT 伊藤 昭彦 梅澤 拓 三枝 信子 森本 真司 青木 周司 Greet JANSSENS-MAENHOUT 藤田 遼 滝川 雅之 渡辺 真吾 齋藤 尚子 Josep G. CANADELL
出版者
Meteorological Society of Japan
雑誌
気象集誌. 第2輯 (ISSN:00261165)
巻号頁・発行日
vol.99, no.2, pp.309-337, 2021 (Released:2021-04-15)
参考文献数
92
被引用文献数
6 36

メタン(CH4)は主要な温室効果気体の一つであり、対流圏および成層圏における化学過程にも重要な役割を果たしている。気候変動および大気汚染に関するCH4の影響は非常に大きいが、過去30年間のCH4濃度増加率や経年変動の要因については、未だ科学的な確証が得られていない。本研究は、十分に検証された化学輸送モデルを用いて、1988年から2016年の期間を対象に大気中CH4濃度をシミュレートし、逆解析によって地域別CH4排出量を推定した。まず、標準実験としてOHラジカルの季節変動のみを考慮し、大気中CH4濃度の観測データを用いた逆解法モデル、排出インベントリ、湿地モデル、およびδ13C-CH4のボックスモデルを用いた解析を行ったところ、1988年以降におけるヨーロッパとロシアでのCH4排出量の減少が示された。特に、石油・天然ガス採掘と畜産由来の排出量の減少が1990年代のCH4増加率の減少に寄与していることが明らかとなった。その後、2000年代初頭には大気中CH4濃度が準定常状態になった。 2007年からはCH4濃度は再び増加に転じたが、これは主に中国の炭鉱からの排出量の増加と熱帯域での畜産の拡大によるものと推定された。OHラジカルの年々変動を考慮した感度実験を行ったところ、逆解析による中高緯度域からのCH4排出推定量はOHラジカルの年々変動には影響されないことが示された。さらに,我々は全球的なCH4排出量が低緯度側へシフトしたことと熱帯域でのOHラジカルによるCH4消失の増加が相殺したことによって、南半球熱帯域と北半球高緯度域の間のCH4濃度の勾配は1988-2016年の間にわたってほとんど変化していなかったことを明らかにした。このような排出地域の南北方向のシフトは、衛星によるCH4カラム観測の全球分布からも確認された。今回の解析期間には、北極域を含めて地球温暖化によるCH4排出量の増加は確認できなかった。これらの解析結果は、気候変動の緩和へ向けた効果的な排出削減策を行う上で重要な排出部門を特定することに貢献できると思われる。