著者
森本 米紀
出版者
公益社団法人 日本都市計画学会
雑誌
都市計画. 別冊, 都市計画論文集 = City planning review. Special issue, Papers on city planning (ISSN:09131280)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.859-864, 2003-10-25
被引用文献数
2

本考察の目的は、旧都市計画法における受益者負担制度の展開を、実務的・具体的都市レベルにおける主体・制度・実践・思想の相互作用として捉えることにある。方法として、神戸市を対象に、各都市個別に制定された実施細則である受益者負担規程の制定段階・実践段階・再検討段階、以上3段階について、それぞれ分析する。神戸市を対象としたのは、1)全国2番目の受益者負担規程制定都市であり、2)初期的・典型的な負担者による反対運動が発生・長期化し、3)神戸市規程が全国に普及版的な役割を果たしたためである。制定段階においては、受益者負担制度の制度的特質が、旧法体制の意思決定手順を通して、都市レベルにおける諸主体(内務官僚・都市官僚・市会議員)の合意のもと、受益者負担規程上で確立したと言える。その制度的特質とは以下の4点。特質(1)官僚勢力による負担義務決定過程の独占、特質(2)負担義務遡及基準の明確化、特質(3)負担金短期回収方針、特質(4)「著しい利益」に対する広義の解釈及び「著しい利益」と負担義務の数値的整合性追究の不必要性。実践段階において、負担者による反対運動が特に問題としたのは、既設路線に対する負担義務の正当性、及び、負担義務の根拠となる「著しい利益」の解釈であった。前者は特質(2)、後者は特質(1)及び(4)の不当性を問題化していた。しかし負担者らの主張は、官僚勢力に全面却下され、負担者らの代表となり得る市会議員勢力が対応策として提示し得たのも、負担金回収期限の延長、つまり特質(3)の改善のみであった。実践段階におけるこの主体間の主張の食い違いは反対運動を継続・発展させる。このような反対運動の発生とその長期化における諸主体の対立は、1920年代半ば以降、受益者負担規程制定都市において多発する。その解決は旧法下における都市計画事業推進上の全国的共通課題となり、受益者負担規程は再検討段階に至る。特に内務官僚の一部から提案された対応策には以下の2つの方向性が存在した。(1)「著しい利益」の限定的解釈と土地評価委員制度の導入、(2)回収期限延長など暫定的措置と思想善導・啓蒙策の実施。(1)の方向性は、多発・長期化する反対運動が問題とする、特に特質(1)と(4)に転換を迫る受益者負担規程の改正を実現化させようとするもので、直接的な対応により、運動の収束を企図したものであった。「著しい利益」を、金銭的(数値的)に算定し得る個別的な特別利益に限定し、その範囲内での数値的精密度を追究した負担義務とすべしとされ、また、その上で、官僚のみならず負担者も加入した土地評価委員制度の設置により、負担義務決定過程への負担者の介入が構想された。対して(2)の方向性は、既往の受益者負担規程運用の絶対性の強化による特質の遵守によって、受益者負担制度の実効力を高めようとするものであった。負担者の不満に対しては、思想善導・啓蒙策で対応し、負担者の負担義務決定過程への介入排除の徹底化をはじめとする、官僚勢力の独占的主導性の再強化によって、負担金回収成績の向上を図ろうとした。結局、悪化する都市計画事業財源逼迫状況によって、受益者負担金の早期かつ確実な回収の緊要性がさらに要求された、神戸市をはじめとする実務的・具体的都市レベルにおいて選択されたのは、後者(2)の方向性であった。「著しい利益」の限定的解釈により、賦課し得る負担義務の可能性を狭め、また、負担者も介入する土地評価委員制度の導入により、負担義務決定までに長期間の複雑な協議を要する事態は、採用し得なかったのである。それに伴い、神戸市においても、反対運動への対応策として、新聞・雑誌上で積極的な思想善導・啓蒙活動が展開される。また規程改正案としても、回収期限延長の提案程度に止まり、反対運動は収束することなく、より長期化する。神戸市が、反対運動が言及する制度的特質の転換に踏む込む規程改正を成し得なかったことで、実態との矛盾は拡大、受益者負担規程は失効し、受益者負担制度そのものの地位が低下する。同様の傾向は、他の規程制定都市でも見られ、旧都市計画法上の受益者負担制度の衰退に至る。以上、本考察を通して明らかとなった、受益者負担制度の展開における、実務的・具体的都市レベルの主体・制度・実践・思想のあり方が、都市空間にいかに反映したのか、また、以降の都市計画事業・都市計画制度の展開に、神戸市内部及び全国的にいかに影響したかについてを、今後の課題としたい。