著者
神沢 栄三 伊東 泰治 植田 裕志 小栗 友一
出版者
名古屋大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1988

1.中世フランスの宮廷騎士道物語がドイツの作家たちによってどのように翻案・受容されたか、特にクレチアン・ド・トロワの作品とハルトマン・フォン・アウエ、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ、更にフランスの13世紀の逸名作家の『散文ランスロ』とドイツの『ランツェレット』の比較研究によって検討した。その結果、従来は単なる量的な付加ないし修辞学的な洗練度のレベルで捉えられてきたドイツの翻案作品の問題が、作品の本質的な性格にかかわる重要な問題であることが明らかになった。即ちフランスの騎士道物語はドイツにおいて非聖化=写実主義傾向の物語に変質していたのである。この事実は一つの重要な示唆を含んでいる。ハルトマンらが活躍した12世紀末・13世紀にはフランスにおいても同じように写実的傾向の冒険物語(roman d'aventure)が輩出しており、その背景には社会の変化、それに伴う意識の変化などが想定されるのであるが、ドイツにおいても同じことが起っていたのではないかということである。この問題は単なる受容・影響関係からだけではなく、一種の平行関係が存在したことを想定して再検討が必要である。2.騎士道物語の主要なテ-マに愛の問題があったが、純粋愛(fin'amor)・宮廷風恋愛(amour courtois)がドイツでどのように受容されたかを検討した。クレチアン=ハルトマン型の夫婦愛の理想はやがて反社会的な愛の本質を追求した『トリスタン』と世俗の愛に神の愛を対置した『聖杯物語』へと二極分化した。純粋愛は他方ではダンテ、ペトラルカを経て神秘主義・ネオ=プラトニスム的傾向の強い近代の抒情詩に進んでゆくことが明らかとなる。今後西ヨ-ロッパ諸国の社会状況を考慮に入れながら更に徹底した比較研究を進めてゆくことが必要であろう。