著者
植草 昭教
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

千葉市美浜区に形成された幕張新都心は、1970年代後半から東京湾を埋め立て、造成した土地に整備された都市である。1989年、国際会議場とイベントホールからなる幕張メッセがオープンしたところから幕張新都心の歴史は始まった。現在では、幕張新都心の建設は完了に近づき、幕張新都市の空間をどのように利用していくかの段階に移行してきている。今後も魅力ある都市であり続けるために、どのように維持、管理され、そして利用されて行くのかなど、幕張新都心が形成、利用されていく中で、幕張新都心の機能と景観に関して見てみることにする。<br> 幕張新都心は、「職・住・学・遊」が融合した未来型の国際都市を目指して展開している。JR京葉線海浜幕張駅を中心とし、ホテル、シネマコンプレックス、アウトレットモール、スーパーマーケットなどがある「タウンセンター」、幕張メッセとビジネスのエリアである「業務研究地区」、教育機関や研究機関が集まる「文教地区」、幕張ベイタウンなどの「住宅地区」、野球場(QVCマリンフィールド)などがある「公園緑地地区」イオンモール幕張新都心が開業した「拡大地区」、この6つの地区から構成されている。計画面積522.2ヘクタール、計画人口 就業人口約15万人 居住人口約3万6千人。街づくりの特徴は、先進的な都市システムの導入や環境デザインマニュアルによる都市環境の整備と、調和のとれた街づくりである。 <br> 埋立地に整備された幕張新都心は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の液状化現象によって、景観などに配慮して整備された街並みが損壊してしまった。しかし約1年6か月後には復旧した。復旧に当たっては、幕張新都心は景観に配慮されて建設されているため、元通りに復旧させた。2012年10月1日幕張新都市は、千葉市の景観形成推進地区の第一号として指定(2013年4月1日施行)された。景観形成推進地区は、地域の特性を活かし、先導的景観形成を図る必要がある特定の地区と位置づけられる景観形成推進地区に指定されると、その区域に建設される建築物は、すべて届け出の対象となる。<br> 幕張新都市は、「職・住・学・遊」の複合機能の集積む進み、就業者、就学者、居住者及び幕張新都心への来訪者を合わせ日々約14万7千人の人々が活動する街となっている。テレビショピングを行っているQVCが、QVCスクエアビル前の歩行者デッキに3Dアート(トリックアート)を期間限定で描いたことが、行き交う人々の話題となり、2013年度千葉市都市文化賞まちづくり部門の優秀賞を受賞している。このパフォーマンスは、遊び心のあるアート空間を演出した。また、幕張新都心を観光地として活用しようとの考えもある。成田空港に近く、ホテルがあり、幕張メッセでイベントも開催されている。2013年12月には、拡大地区にイオンモール幕張新都心が開業し、ショッピングが出来ることなど、幕張新都心の空間に国内外の観光客を呼び込もうとする。この他に、幕張新都心は、多くのテレビや映画、CMの撮影地として登場する。引き続き、マスメディアに取り上げられるような、都市の姿を表現し続けることが求められる。<br> 幕張新都心は、建設から25年が経過し、都市の姿が完成に近づき、様々な都市機能も有してきている。また空間は景観に配慮され、デザイン性の高い建築物が建ち並ぶ。幕張新都心が、成熟段階へと移行する時期になり、今後も魅力ある都市であり続けるためには、良好な都市環境、景観形成の継続が必要であり、加えて幕張新都心の都市文化とも言えるような、都市空間を創出していくことが必要であろう。
著者
植草 昭教
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100098, 2016 (Released:2016-04-08)

日本で最も地価が高い場所と言えば、東京都中央区銀座がすぐに思い浮かぶだろう。銀座は永年地価日本一の座に君臨した土地である。この銀座の価値については考える場合、銀座の空間が有する価値だけでなく、「銀座」の地名に付された価値があるのではないか。有形資産である銀座の土地を使用することによって得られる効用と、無形の資産である「銀座」の名称を使用することによって得られる効用があることが考えられる。そこで「銀座」の名称を有する空間的価値について、考察してみることにする。   ブランドを形成するために必要な要件として「ストーリー(物語)性」と「歴史」が言われている。ブランドを形成するためには「そこにストーリーがあり、それを展開するための歴史があること」ではないか。そこで銀座に付されたストーリーと歴史とはどのようなものであろうか。   銀座の歴史とその歴史が有するストーリーについては、まず銀座の地名は、江戸時代に銀貨を鋳造する「銀座」があったことに由来する。銀座は1872年(明治5年)の大火で焼失。そこで銀座は、建物を煉瓦で作ることが計画され、「銀座煉瓦街」は実行された。煉瓦造にすることは、単に燃えにくい街並みを作るだけにとどまらず、銀座を西洋風の街並みにすることで外国から来た人々に、国際的な体面を示す狙いもあったとされる。しかし関東大震災で「銀座煉瓦街」はほとんど倒壊してしまった。だが銀座は復興し、大正モダンを経て昭和初期にはモボ、モガが当時の銀座を彩った。その後第二次世界大戦でも銀座は破壊されたが、またも復興を遂げ、戦後も時代の流行を発信する街となった。 銀座にはこのような歴史があり、それが銀座のストーリーである。そのストーリーは、銀座が有する無形の資産となっているのではないか。   銀座ブランドは、銀座で事業を行う(行おうとする)者にとって魅力的であり、ステイタスでもあると考えるのではないだろうか。そこに立地したくなるような価値がある空間である。それが、銀座が有するブランド力である。また、銀座はその時代、時代にに流行を発信してきた街である。時代の先端を行く空間を形成していることが、銀座が有する空間的価値であり、銀座ブランドにとっての大きな源泉になっている。銀座が獲得してきたイメージもまた、銀座の価値を向上させる無形の資産ではないか。それに「銀座の地価は日本一高い」との、そのことですら、銀座のブランド価値を上げることになっているのではないだろうか。