著者
榎本 亮子
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.15-36, 2014-12-20

本研究は,世界自然遺産小笠原諸島における生態系保全活動に関わる人々と動植物の関係性の変遷を追うことにより,保全の現場における「自然―文化」の協働のプロセスを描き出すことを目指すものである。小笠原諸島をはじめ生態系保全の現場では,しばしば「外来種」や「固有種」,「在来種」といった「種」の分類法に基づいて保全が行われる。本論は生物学的,生態学的にしばしば自明のものとされるこの「種」の概念に着目し,その曖昧さと生物分類上の恣意性を踏まえたうえで,「生態系」および「生態系保全の現場」をどう捉えるかについて論じた。その捉え方として提示したのが,「自然―文化」の協働のプロセスとして現場を捉える視点である。生態系保全の現場では,人間は自らを含む生態系のなかで対話的に認識を得ながら実践を進めていく。そこで生まれる関係性は,保護や駆除の対象とした「種」で境界づけられた動植物との関係性だけではない。人間は,生態系という個々の生物たちのあいだで絡み合う複雑な関係性の網の目に,予期せず埋め込まれていく。個々の人間と動植物が,生態系保全の実践を通して「自然―文化」の直接的な関わり合いの中で出会い,多様な関係性を築くことによって,現場では,ときには「種」の枠組みを越えた認識と関係性が生まれ,ときには自然遺産登録された小笠原諸島の地理的な境界を越えた「生態系」の広がりを見せる。このような生態系保全の現場は,「自然―文化」のハイブリッドであり,多様な「自然―文化」が織りなす協働のプロセスである。また,小笠原諸島は遺産現場でもある。「自然―文化」が協働で現場をつくり変化することを前提とした,「自然―文化」の協働のプロセスという考え方は,自然遺産か文化遺産かの区別なく遺産現場を捉え得る「リビングヘリテージ」の観点に通じるものである。この観点から自然遺産現場である小笠原諸島を捉えると,小笠原諸島もまた,「リビングヘリテージ」の側面を持っているといえよう。