著者
榎本 洋司 川間 健之介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI2174, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】理学療法において教示やフィードバック等の言語指示は、患者の運動学習を促進する上で重要であり、治療技術の一つとして考えられるが、実際の臨床で理学療法士(以下PT)がどのような教示・フィードバックを行っているのかを検討した報告は見当たらない。本研究の目的は、脳血管障害患者(以下CVA患者)への言語指示がどのように行われているのかを明らかにすることを目的とする。【方法】PTが、CVA患者に対し起立動作練習を実施している場面をVTR、ICレコーダーにて記録した。起立動作練習開始から起立動作を5回行うまでを1セッションとして記録した。対象は、当院に勤務する経験年数3年以上のPT15名(男/女:12/3、平均経験年数4.2±1.3年)であり、治療対象となる患者は、当院入院中のCVA患者42名(男/女:20/22、平均年齢73.5±13.5歳)とし、疾患の内訳は、脳梗塞25名、脳出血16名、くも膜下出血1名であり、右片麻痺12名、左片麻痺25名、両片麻痺2名であった。計42セッションの記録を行った。対象となるPTには、「治療対象となる患者に対して、起立動作を安全かつ安定して行えるよう動作の自立を治療目標とすること」と呈示した。記録から、言語指示の内容をテキスト化し、「教示・KP」、「KR」、「合図」、「その他」に分類した。言語指示の分類方法に関しては、信頼性の検討を目的とし、経験年数3年以上のPT8名により、分類方法に基づき4セッションのVTRの分析を行い、分類結果について一致率を求めた。その結果、κ係数0.754~0.948が得られ、分類方法の信頼性を確認した。分析は、言語指示の付与されるタイミングにより動作遂行中である起立・着座動作中と静止位である座位・立位の2場面での付与頻度を求めた。また徒手的操作として、VTRよりPTが介助・促通を行っている時間を計測し、またジェスチャーなど視覚的情報に関しては、その付与頻度を求めた。言語指示の付与頻度に関して、CVA患者の起立動作能力レベル(Berg Balance Scale起立動作項目:以下BBS)による比較、セッションの総時間に占める徒手的操作が加えられている時間の比率(以下%SUP)による差異を比較した。また、言語指示、視覚的情報の付与頻度について、治療対象となったCVA患者を失語群(失語症を有し、FIM理解の項目が5点以下:9例)、認知群(MMSE20点以下で、FIM理解の項目が5点以下:14例)、対照群(MMSE21点以上で、FIM理解の項目が6点以上:12例)に分類し比較した。分析は一元配置分散分析にて行い、有意確率5%未満を統計学的に有意とみなした。また、言語指示の内容に関しては、テキストマイニングを行い3群間で比較した。なお、テキストマイニングはテキストマイニングソフト・KH Coder(Ver.2)にて行った。【説明と同意】本研究は、筑波大学人間総合科学研究科研究倫理委員会の承認を受け、対象となるPTおよび患者には、研究内容について十分な説明のもと、書面にて同意を得た。【結果】BBSにより介助を有する1点以下と介助を有さない2点以上の者の2群で言語指示の付与頻度を比較すると、起立・着座動作中の「合図」の頻度が介助を有する群で有意に多かった。%SUPが50%未満と50%以上で比較したところ、50%以上の群では、座位・立位時の「教示・KP」および起立・着座時の「合図」が有意に多かった。また、患者の分類による3群の比較では、対照群に比較し、認知群において起立・着座時の合図が有意に多かったが、その他は有意な差異を認めなかった。また、言語指示の内容に関して、頻出語を抽出したところ、3群とも「はい」「そう」や「一回目」などの「回数」を示す語が上位を占めたが、対照群では、体の部位である「尻」や「膝」などが上位に挙がった。【考察】運動の方法を内容に含まない言語指示である「合図」は、治療対象となる患者の動作能力、徒手的操作の量、理解力によって、その付与頻度に差があったが、運動の方法を内容に含む「教示やKP」は、徒手的操作の量によってのみ差を認めた。このことは、学習段階に応じて、PTが「教示やKP」を付与する量を調整していることを示していると考えられる。また、3群間の比較より、「教示やKP」は患者の理解力に応じて、付与頻度ではなく、その内容を変化させることで治療を実施していることが明らかとなった。今後は、言語指示を患者がどの程度理解しているかや、言語指示の患者の運動学習への効果についての検討が必要である。【理学療法学研究としての意義】運動学習を促進する上で教示やフィードバックなどの言語指示は、治療の成否を左右する要素の一つであると考えられるが、臨床においては経験則によるところが大きいと考えられる。本研究は、教示やフィードバックを一つの治療技術として発展させる上で、有用な知見を得るものになると考える。