著者
橘田 正人 林 省吾 國田 佳子 浅本 憲 中野 隆
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
巻号頁・発行日
pp.48100562, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】肩甲上神経は,棘上筋および棘下筋を支配する運動神経として知られているが,肩関節包および肩鎖関節包への枝(以下,知覚枝)や皮枝を含むとする報告も散見される(Aszmann et al. 1996, Horiguchi 1980).しかしながら,知覚枝がどの部位において分岐し,どのように走行するかについては,明確な記載が見当たらない.今回,肩甲上神経知覚枝について,分岐部と分布域を解剖学的に観察し,両者の対応関係を明らかにすることを試みた.さらに,肩関節包に分布する神経終末の組織学的所見を含めて報告する.【方法】愛知医科大学医学部において,研究用に供された解剖実習体9 体17 肩を対象とした.僧帽筋・三角筋を切離し,棘上筋・棘下筋・小円筋を剖出した.小円筋を切離した後,棘上筋・棘下筋を肩甲骨の骨膜とともに剥離,反転した.上肩甲横靭帯の腹側を通過する肩甲上神経を同定し,その分岐部および分布域を確認した.肩関節包,肩鎖関節包,肩峰下滑液包に付着する肩甲上神経の分枝を知覚枝と同定し,その分布域を解剖学的に確認した.さらに,棘窩切痕より上部および下部の領域において肩関節包とともに知覚枝を摘出し,薄切切片を作成してHE染色を行い,組織学的に観察した.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,死体解剖保存法に基づいて実施し,生前に本人の同意により篤志献体団体に入会し研究・教育に供された解剖実習体を使用した.観察は,愛知医科大学医学部解剖学講座教授の指導の下に行った.【結果】知覚枝は,17 肩中15 肩(88.2%)で確認できた.知覚枝は,15 肩において計33 枝が存在し,上肩甲横靱帯通過前で分岐するもの(以下,パターン1)2 枝(6.1%),上肩甲横靱帯通過直後で分岐するもの(以下,パターン2)6 枝(18.2%),棘上筋の腹側面(深層)で分岐するもの(以下,パターン3)21 枝(63.6%),下肩甲横靱帯通過直後で分岐するもの(以下,パターン4)4 枝(12.1%)に分類された.また,棘下筋の腹側面で分岐するものは観察されなかった.それぞれの主な分布域は,パターン1 および2 は肩鎖関節包および肩関節包の後面上部,パターン3 は肩峰下滑液包および関節後面の上部から中央部,パターン4 は肩関節包の後面中央下部であった.知覚枝が肩関節包に進入する部位の組織学的観察において,神経線維およびPacini小体様の固有知覚受容器が認められた.【考察】Aszmannら(1996)は,肩関節包の知覚について,前方部は肩甲下神経・腋窩神経・外側胸筋神経が,後方部は肩甲上神経・腋窩神経が支配すると報告している.また,肩甲上神経知覚枝として,上肩甲横靱帯通過付近で分岐し肩鎖関節・肩峰下滑液包・肩関節包後面上部に分布する枝,および棘窩切痕付近で分岐し肩関節包後面中央部から下部にかけて分布する枝を図示している.さらに,肩関節包にはPacini小体,Golgi-Mazzoni小体,Ruffini小体等の固有知覚受容器が存在し,圧力変化や加速度,とくに振動などの深部知覚の感受に関与することが知られている(Rowinski 1985).今回の観察では,肩甲上神経知覚枝は,棘上筋の腹側面(深層)において分岐する例(パターン3)が多く,主に肩関節包上部から後面中央部に分布していた.さらに,知覚枝が肩関節包に進入する部位において,Pacini小体様の固有知覚受容器が認められた.今回の結果および先行研究から,肩甲上神経知覚枝は,主に肩関節包上部から後面中央部の深部知覚を司り,それを中枢神経系へフィードバックすることによって,肩関節の内旋や水平屈曲のコントロールに関与することが示唆される.一方,今回の観察において,肩関節包後面下部に分布する知覚枝は確認されなかった.肩関節後面下部の知覚は,主に腋窩神経が司り,肩関節の外旋や挙上のコントロールに関与すると推測される.【理学療法学研究としての意義】肩関節可動域の改善を目的とする理学療法において,肩関節後面にアプローチする上で,肩関節包に分布する脊髄神経の走行および知覚枝の分布域を考慮することは重要である.さらに,根拠に基づく理学療法を行うためには,解剖学的所見だけではなく組織学的所見を含めて,機能解剖学的かつ病態生理学的な考察が不可欠である.本研究は,肩甲上神経知覚枝が肩関節運動のコントロールに関与する可能性を示唆するものであり,肩関節運動障害の病態理解や治療の発展にも寄与すると考える.