著者
永幡 豊
出版者
北海道地理学会
雑誌
地理学論集 (ISSN:18822118)
巻号頁・発行日
vol.88, no.1, pp.6-13, 2013-04-18 (Released:2013-10-31)
参考文献数
24

本稿は,北海道における開拓移民母集団(東北6県,北陸4県,そして東京・徳島・香川・岐阜県の開拓移民戸を1つの大移民集団とした)と系統別の寺院構成比の関係を考察したものである。北海道の開拓ピーク期は,明治19(1886)年から昭和11(1936)年までであるが,開拓を多く出したのは東北6県(289,217戸,41.4%),北陸4県(184,064戸,26.3%),東京都・徳島・香川・岐阜県(66,065戸,9.9%)である。東北は禅宗の卓越する地域であり,北陸は浄土真宗系の卓越する地域であることから,北海道に浄土真宗(特に大谷派)・禅宗(特に曹洞宗)系寺院が多く建立されることになったと推測できる。真宗本願寺(西本願寺)派寺院総数は,真宗大谷派より148寺少ないが,これは北海道における真宗大谷派と江戸時代における松前藩との結び付きがあったからである。禅宗は(松前家時代)曹洞宗だけが布教を許され,明治以前に開基した寺院数は40寺で,真宗大谷派より7寺多い。明治元(1868)年から20(1887)年までに41増えて真宗大谷派より2寺多いが,明治21(1888)年から30年までに66寺しか増えなかった。真宗大谷派はこの時期に127寺増えている。この原因を考えると,まず第1に明治29(1896)年までに継続した内紛のため他派よりも布教が遅れたこと,第2にこの時期の開拓者の出身地は,富山を筆頭に北陸出身者が多かった(曹洞宗の卓越する地域東北出身者の増加は,明治38(1905)年以降)ことが挙げられる。従って明治32(1899)年以後,布教は進まず,本格化するのは明治40(1907)年以降で明治31(1898)年から45(1912)年までには98寺増加し(真宗大谷派151寺),合計245寺となった(真宗大谷派の合計は355寺)。浄土真宗系卓越地域の北陸からの移民は(明治19(1886)年から大正11(1922)年まで),全移民の26.3%を占め,曹洞宗が卓越する地域の東北からの移民者は41.4%を占めている。このことは北海道における曹洞宗寺院の優位性を生む要因となるべきものであったが,上記した理由により真宗大谷派などの浄土真宗の宗勢に及ばなかったと考えられる。
著者
永幡 豊
出版者
北海道地理学会
雑誌
北海道地理 (ISSN:02852071)
巻号頁・発行日
vol.1983, no.57, pp.20-25, 1983-06-10 (Released:2012-08-27)
参考文献数
18