著者
沖潮(原田) 満里子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.125-136, 2016 (Released:2018-06-20)
参考文献数
29
被引用文献数
2

本研究は,障害者のきょうだいである筆者による自己エスノグラフィを通して,障害のある妹との関係や社会との関わりを明らかにした上で,障害者のきょうだいを生きることの内在的な本質を探ることを試みている。また,対話的な自己エスノグラフィという従来の自己エスノグラフィの批判を乗り越え得る方法を適用したことから,自己エスノグラフィにおける対話の可能性についても検討を行なった。筆者が妹の発達を感じるという判断がこれまで生きてきたどのような文脈の中で起きたのかという研究設問に対して,筆者の自己物語をデータとし,さらに分析に関する対話者との対話もまたデータとし,円環的にデータ収集と分析を繰り返した。結果では,筆者の妹の発達の捉え方の変化が時系列に整理された。次いで,妹の発達を期待していなかった自分自身の発見という筆者の物語から,障害者のきょうだいが,存在するだけで価値があるという家族的な価値観と,経済的な活動等ができることに意味がある社会的な価値観の狭間で揺らぐさまが明らかになった。さらに,筆者が望んでいた妹との切り離しに対して疑問を抱くようになった姿がみられた。このことから,青年期の発達課題でもあり社会的言説でもある,人は自立して生きていく,つまり障害者もそのきょうだいも別々に生きていくというストーリーへの追従と,それへの抵抗の間に揺らぐという点が障害者のきょうだいの心理的特徴として明らかになった。
著者
沖潮(原田) 満里子
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.157-175, 2013 (Released:2020-07-09)
被引用文献数
1

本稿は近年注目されつつある自己エスノグラフィの手法を発展させ,対話的に実践した試みを紹介し,その有用性と意義を検討することを目的としている。自己エスノグラフィとは,自分自身の経験を探求し,自身の意識のありようや文化について明らかにしていく質的研究のひとつの方法である。従来は研究者本人による想起的な記述がその手法として広く知れ渡っていたが,筆者は対話者を設定して,障害を抱える妹との関係を中心としたライフストーリーを語り,それに対して継続して共同的に分析・解釈を行なうことを試みた。従来の自己エスノグラフィについては,データの信頼性の問題,物語としての読みやすさやわかりやすさの欠落,分析よりも自己語りへの過度な依存,そして他者との相互的なつながりが見えにくい点が批判されてきた。また,自己を客観視することの困難さ,自己探究に伴う精神的苦痛への対応の問題も研究の実践において指摘されてきた。それに対して対話的な自己エスノグラフィはそういった批判に応えた上で,さらには他者の介在により新たな視点が生まれ,研究の拡がりが増す等の有用性があると考えられた。最後にこの方法を施行する上での留意点として,対話者の資質,研究者と対話者の関係性についても考察を行なった。