著者
河野 文武
出版者
多摩大学
雑誌
経営・情報研究 : 多摩大学研究紀要 (ISSN:13429507)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.113-125, 2005

中国古代の春秋戦国時代から魏晋南北朝(紀元前770年〜紀元581年)までは,いわゆる中華文明の成長期から成熟期までの時期である。その特徴は,全体的に"天人合一"の思想を基盤にして,倫理・道徳等の社会性を中心に展開した後に,純粋なる人間性の追求に転ずる,あるいは回帰するところにあると言える。その一貫しているテーゼは,"天"と"人"すなわち"自然"と"人間"の相関性の解明・解釈と両者の同質性・同義性に基づいた,理想的人格への追求である。 このような精神文明中心の文化観は,必然的に自然崇拝から自然憧憬に傾き,自然美と人間性との相似性、自然現象と人格的品徳の比較となり,当然のごとく,棄智・無欲にして逍遥自在なる生き方こそ人生の最高の境地である,という人生観・文明観に行き着くようになる。 物質文明追求の果て,矛盾、混乱、苦悩・・・に満ちた今日のわれわれの人生観・価値観に,一石を投ずることができるであろうか。
著者
河野 文武
出版者
多摩大学経営情報学部
雑誌
経営・情報研究 多摩大学研究紀要 = Tama University Journal of Management and Information Sciences (ISSN:13429507)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.113-125, 2005-03-01

中国古代の春秋戦国時代から魏晋南北朝(紀元前770 年〜紀元581 年)までは、いわゆる中華文明の成長期から成熟期までの時期である。その特徴は、全体的に“天人合一”の思想を基盤にして、倫理・道徳等の社会性を中心に展開した後に、純粋なる人間性の追求に転ずる、あるいは回帰するところにあると言える。その一貫しているテーゼは、“天”と“人”すなわち“自然”と“人間”の相関性の解明・解釈と両者の同質性・同義性に基づいた、理想的人格への追求である。 このような精神文明中心の文化観は、必然的に自然崇拝から自然憧憬に傾き、自然美と人間性との相似性、自然現象と人格的品徳の比較となり、当然のごとく、棄智・無欲にして逍遥自在なる生き方こそ人生の最高の境地である、という人生観・文明観に行き着くようになる。 物質文明追求の果て、矛盾、混乱、苦悩……に満ちた今日のわれわれの人生観・価値観に、一石を投ずることができるであろうか。In ancient China it was the period of growth to maturity stage of Chinese civilization between the ChunQiu-ZhanGuo and the WeiJin-NanbeiChao (770BC - 581 AD). It can be characterized as pursuit of and the return to elemental human nature against the backdrop of the development of ethics and moral philosophy based on the idea of “heaven (nature) be one with human” .The thesis of the thought had been consistent with that, that is to interpret the correlativity between “heaven” and “human”; in other words, between “nature” and “human being”. Such ideas, which are based on spiritual culture, inevitably lead to trend from worship of nature to adoration for nature. By recognizing similarities between natural beauty and human nature, and comparison of natural phenomenon with human moral character, therefore, the idea result in development of a philosophy of life that it is the best way of life to be free from avarice and to have flexible mind. Due to material civilization, today we live with inconsistent, confused and distress views and values. With the idea we could be able to raise a question about them.