著者
浅井 隆之 藤田 志歩 塩谷 克典 稲留 陽尉
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.92-93, 2015

ニホンザルの農作物被害対策において、農家によって動物の生態についての理解や対策への意識に差があることが、集落ぐるみの取り組みを行う上での障害となっている。しかし、どのような要因が農家の意識に隔差をもたらすかについては科学的な解析がほとんど行われていない。本研究は、ニホンザルによる農作物被害の程度が農家の対策意識や加害動物に対する感情にどのような影響を及ぼすかについて明らかにすることを目的とし、被害農家を対象に聞き取り調査を実施した。まず、対象地区を選定するため、鹿児島県薩摩郡さつま町および伊佐市において農作物被害を出している群れについてラジオテレメトリー調査を行い、その結果から、群れの出没頻度が異なるA、BおよびC地区を対象に選んだ。3つの地区の住民計19人からの回答を用いて、被害の実態やその対策、およびニホンザルに対する感情に関する8つの質問項目について主成分分析を行い、各主成分の得点を地区間で比較した。さらに、各農家の主成分得点と、被害の頻度、量、年数および季節それぞれとの相関を調べた。その結果、ニホンザルの生態についての理解度を表す第1主成分と嫌悪や憎悪の感情の強さを表す第3主成分は、被害がより古くからあり、被害頻度の高いA地区で最も高く、対策意識の高さを表す第2主成分は、被害は古くからあるが、その頻度は小さいB地区で高かった。一方、被害の年数が最も浅く、その季節が限定的なC地区では、第1、第2および第3主成分のいずれも得点が最も低かったが、恐怖の感情の強さを表す第4主成分の得点は最も高かった。また、各農家の主成分得点と被害の程度との関連では、第2主成分と被害の頻度との間にやや高い正の相関がみとめられた(r = 0.70, <i>P</i> < 0.05)。以上より、地区レベルおよび農家レベルのいずれにおいても、ニホンザルによる被害の程度によって農家の意識格差が生じることが示された。