著者
浮田 悠 佐藤 臨 大澤 剛士
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2219, (Released:2023-04-30)
参考文献数
43

日本人にとって身近な生き物であるゲンジボタル Luciola cruciata は、レクリエーション目的等により各地で放流が行われている一方で、開発圧等による生息地の劣化、それに伴う個体数の減少も報告されている。地域における遺伝的構造、遺伝的多様性を考慮した上での絶滅地域への適切な再導入(re-introduction)や、個体数減少地域に対する補強(re-inforcement/supplementation)は、必ずしも推奨される手法ではないものの、その地域に生息する種の保全を目的とした手段の一つになりうる。既に各地で放流が行われている本種に対し、適切な放流の方法を示すことは、無秩序な放流の抑制に繋がることが期待できる。そこで本研究は、既存のゲンジボタル放流における指針においてほとんど言及のない、適切な放流場所の選定について、過去から現在にわたる土地被覆に注目して検討を行った。過去の土地被覆は現在から改変等を行うことはできないため、もし過去の土地被覆履歴がゲンジボタルの生息可能性に影響していた場合、現在の土地被覆のみから好適な環境を判断して放流を行うことは、個体が定着できない無意味な放流につながってしまう可能性がある。東京都八王子市および町田市の一部において面的なゲンジボタルの生息調査を行い、ホタルの生息と現在および過去の土地被覆の関係について統計モデルおよび AIC によるモデル選択によって検討したところ、現在の土地被覆のみを説明変数としたモデルでは開放水面面積のみが選択され(AIC 271.11)、過去の土地被覆も考慮したモデルでは、AIC の差は僅かであったものの、現在の開放水面面積に加え、1980 年代の森林面積、 1960 年代の農地面積が選択され(AIC 270.44)、これらが現在のホタル生息に影響を及ぼしている可能性が示された。この結果は、現在の土地利用のみから放流地を選定した場合、放流個体が定着できず、死滅してしまう可能性を示唆するものであり、過去の土地被覆が有効な再導入、補強を行う上で欠かすことができない重要な前提条件になる可能性を示唆するものである。ゲンジボタルの放流は各地で行われてきているため、今後は様々な地域における検証の積み重ねが望まれる。