著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.37-49, 2014 (Released:2014-11-27)
参考文献数
20

憲法21条2項後段にいう「秘密」の意義及び射程については、従前の学説における議論が乏しかったが、以下のように捉えるべきであると考えられる。すなわち、当該「秘密」については、(1)通信当事者の意思に関わりなく客観的に成立する、(2)公権力及び通信管理主体という特定の主体との関係においてのみその保護が問題となる、(3)通信当事者が「通信」を行うに際して一般に有するものと客観的に認められる「信頼」に基づき発現する、という特質を有しており、通信当事者の「信頼」の向かい先にない一般私人との間では憲法上直接問題となるものではない。少なくともこの点において、「秘密」の概念は、公私双方の局面にわたり問題となり得るプライバシーの概念とは区別される。したがって、通信の秘密不可侵の保障の趣旨をもっぱらプライバシーの保護に求めることは必ずしも妥当ではない。「秘密」の保護とは、むしろ憲法上確保されるべき「通信」の制度的な利用環境の表徴として捉えられ、国民各人の「通信」の安心・安全な利用を確保する観点から、セキュリティ等のプライバシー以外の一定の要素も通信制度の中で適切に保護されることが憲法上予定されているものと解される。なお、近年一部の学説で主張されている「通信の内容の秘密」と「通信の構成要素の秘密」との憲法上の区別については、両者の不可分性等にかんがみ妥当ではなく、通信の秘密不可侵の保護領域においては両者を一体的に捉えるべきであると考えられる。
著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.1-12, 2016 (Released:2017-02-06)

米国の法執行機関による IMSI キャッチャーを通じた情報収集について、それが令状手続によらずに行われる場合に、米国憲法修正 4 条にいう「不合理な捜索」に該当する可能性が議論の焦点となっている。これは、①公権力が個々の通信に関する情報を直接かつ一方的に収集する、②対象となった携帯電話端末の占有者において当該収集の事実を知ること及びそれを回避することが物理的に困難である、③収集・分析対象の情報の中には端末の所在地のように利用者のプライバシーに関する利益に深く関わると認められるものが含まれ得る、などの点にかんがみ、物理的な不法侵入の不存在や誰もが容易にアクセス可能な公共の空間における電波の受信という手法等にかかわらず、「プライバシーの合理的な期待」の保護と解されている同条の趣旨に基づき、令状主義の原則の要請に服すると考えられる。このとき、米国法上、通信傍受や通話番号等記録装置の設置・使用のあり方に関する電子通信プライバシー法の規律と同様に、かかる要請を具体化する新たな立法措置が求められる中で、通信傍受でも通話番号等記録装置の設置・使用でもない固有の特質を有する新種の「捜索」として位置づけられ得る。このことは、我が国において、今後 IMSI キャッチャーが普及するか否かを問わず、技術革新に対応した新種の捜査について、その実施が各人のプライバシーの権利等の基本権又は基本権に関する法益に対する本質的な制約となり得る限り、強制処分としての立法上の位置づけの再整理が必要となるという示唆を与える。
著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.1-12, 2019 (Released:2019-07-22)

匿名表現の自由が憲法上保障される程度に関し、米国法上の議論を参照しつつ考察すると、以下の帰結が導かれる。すなわち、①匿名性は個人の尊厳の確保に資する役割を果たすうえに、それが表現物と結びつくことにより固有の価値を有することを踏まえ、匿名表現の自由は憲法21条1項に基づき保障される、②他人の基本権に関する法益を著しく害する表現については、公共の福祉に基づき制約され、当該他人との関係において表現者を特定する必要性が生じ得る限りにおいて、その匿名性についても制約される、③公共的事項に関する表現のうち、その表現者の身元の把握が民主政の意思決定過程における各種の判断に際して必要となると認められる場合における匿名表現の自由については、国民の「知る権利」と緊張関係に立つ結果、憲法上一定の範囲で制約され得る、④前記③以外の表現に関する匿名表現の自由は、前記②の場合を除き、憲法上手厚く保障される、⑤匿名性は、非表現の行為との関係においても憲法上一定の保護を受ける、と考えられる。
著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.125-135, 2016 (Released:2017-02-06)

「放送の地域性」が放送政策の重要理念の一つとなってきた米国においては、さまざまな形でその制度的確保に向けた取組みが行われてきたが、特に直截的な措置として注目されるのが、地上放送局の免許付与に関して一定の行為規制を連邦通信委員会(FCC)が課すものである。その具体的な方法をめぐっては、米国憲法修正1条との関係から番組規律を最小限に抑えることに対する必要性が生じることを背景として、古くから FCC が試行錯誤を繰り返してきたが、2000 年に低出力 FM ラジオ放送局免許が創設されて以来、かかる行為規制を充実させるための取組みが顕著になっている。とりわけ、地上放送局と地域社会との対話の強化を指向した地域の番組の取扱い等に関して「公共検査ファイル」による情報開示を義務づけるための規律がその中心的地位を占めている。この公共検査ファイルによる情報開示については、FCC のオンライン上の統合データベースに掲載されることとなっており、近年は地上放送局のみならず CATV 事業者や衛星放送事業者等についても同様の義務が課されるなど、拡充される傾向にある。
著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.65-75, 2019 (Released:2020-06-03)

各種のオンライン上のプラットフォームは、コミュニケーションや情報入手等のための基盤としての役割を果たしている。しかし、その運営の主体は一般に私人たるプラットフォーム事業者であるため、それが行うアルゴリズムを用いた流通情報の管理(アルゴリズム利用情報管理)は、ただちに利用者の表現の自由を侵害するものとなるわけではない。むしろ、アルゴリズム利用情報管理自体が一種の「表現」としての性質を有しているため、その自由が一定の範囲で保障される。しかも、当該自由の行使可能範囲は、「表現」の内容が政治的に重要な意味合いを多分に有し得ることなどを踏まえれば、決して狭隘ではない。ただし、その広範な行使については、利用者の表現の自由に関する法益を著しく害し、又は当該表現に対する不当な差別的取扱いをもたらすなど、憲法規範内在的な利益の調整を要する場合を伴うことが予定されるため、当該行使の範囲が一定程度縮減される。ところが、実際には、プラットフォームの「支配者」としての決定(利用規約等)に対して利用者が服従を余儀なくされ、利用者の利益と事業者の利益とのバランスが崩れることも少なくない。したがって、アルゴリズム利用情報管理に関する基本的な指針の利用者への事前提示の確保等、立法を通じた適切な統制が期待される。
著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.85-97, 2018 (Released:2018-06-02)

電気通信事業法は、他人のサーバー等へのアクセス権限のみで電子掲示板を運営する個人等、「電気通信事業者にも電気通信事業を営む者にも該当しないが通信の秘密たる情報を直接取り扱う者」の取扱中に係る通信の秘密を保護していない。これは、立法政策の所為というよりも、近年になって急増したかかる者への立法的対応が追いついていない結果であり、今日的な「法律上の通信の秘密の間隙」となっているものと考えられる。立法論上、これを適切に解消するためには、電気通信役務の概念について、他人の通信の「媒介」及び「供用」に加えて、伝送行為を伴わずに媒介的な役割を果たす「実質的な媒介」という行為の要素を新たに含めつつ、それに従事する者を電気通信役務提供者と位置づけることが望ましい。そのうえで、「電気通信事業者その他電気通信役務提供者(もっぱら電気通信設備の供用を行いつつ通信の秘密たる情報を直接取り扱わない者を除く)の取扱中に係る通信の秘密」を適切に保護することが求められよう。近年、実質的な媒介を通じて通信の秘密たる情報を取り扱う者は増加かつ多様化していることから、「電気通信役務提供者」の観念を設け、それに基づき法律上の通信の秘密の射程を再構成する有用性は高まりつつあると考えられる。
著者
海野 敦史
出版者
公益財団法人 情報通信学会
雑誌
情報通信学会誌 (ISSN:02894513)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.25-32, 2014 (Released:2014-07-01)
参考文献数
18
被引用文献数
1

憲法21条2項後段にいう「通信」の利用の局面において、憲法14条1項にいう「差別」禁止の義務を負う主体については、「通信の秘密」の侵害主体に通信管理主体が含まれると解されることにかんがみ、公権力のみならず通信管理主体もこれに含まれるものと解される。当該局面における平等の保障のあり方に関して、不当な差別の禁止を正面から掲げる米国のオープンインターネット規則(2014年1月の司法判断による一部無効化前のもの)は、その具体的な検討の参考になると思われる。当該規則策定の背景には、ネットワークを支配・管理する回線管理事業者が、それに依存してコンテンツ等を一般利用者に供給する特定のプラットフォーム事業者のトラフィックを差別的に取り扱った事実があるが、このような通信管理主体としての回線管理事業者が負うべきプラットフォーム事業者を「平等」に取り扱う憲法上の義務の具体的内容・範囲については、回線管理事業者自身の財産権や営業の自由とも関係して、一義的に特定することが難しい。オープンインターネット規則の下では、プラットフォーム事業者が回線管理事業者の役務を利用する局面においては、ネットワークの使用量に応じた従量課金や混雑等発生時の帯域制御については不当な差別に該当しないとされる一方で、特定のトラフィックの優先取扱いについてはこれに該当する可能性が高いとされていたことが特徴的である。