著者
針原 伸二 清水 宏次
出版者
東京大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1999

前年度は,主に現代人の歯を用いて,歯からDNAが抽出できるのか,また抽出したDNAからどのような遺伝子の解析が可能なのかについて,技術的に検討した.今年度は実際に江戸時代人骨の歯の試料を用いて,DNAの抽出と解析を試みた.青森県八戸市新井田遺跡から発掘された人骨から,異なる個体のものと判断できる36本の歯の試料を得た.前年度に,現代人の試料で試みた方法と同様に,それぞれの歯根部を切断して,破砕し,EDTA溶液中にてしばらく脱灰した後,プロテイナーゼ処理して,フェノール法にてDNAを抽出した.土中にて長時間を経た試料からの抽出であることもあり,DNAを定量分析したり,電気泳動での確認は不可能であったが,ミトコンドリアDNA(mtDNA)のPCR増幅は,36個体中30個体で可能であった.増幅したのは,mtDNAの中で長さの変異のみられる,領域V(non coding region V)を含む120塩基の部分である.2回の増幅により,予想される長さの断片を得ることが確認された.長さの変異は,9塩基対の欠失として報告されているが,今回増幅が認められた30個体中,3個体で増幅された断片が短く,欠失の変異があると考えられた.性別判定は,Y染色体特異的反復配列の部分をPCRで2回増幅し,断片の有無を確認した.36個体中,断片が検出されたのは10個体であった.X染色体中に1箇所しかない配列の増幅による,X染色体の検出は未だに成功していない.細胞中,多くのコピー数のあるmtDNAや,反復回数の多いY染色体特異的配列ではPCR増幅が可能であったが,ゲノム中に1箇所しかないDNA部分の増幅については,さらに技術的な改良が必要と思われる.