著者
針原 伸二 住 斉 井原 邦夫 伊藤 繁
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009-04-01

日本人は先住の縄文人(狩猟採集民)と後入り渡来系弥生人(水田稲作民)の混血により成立した。渡来系弥生人は、今から3千~2千5百年前、大陸から朝鮮半島を経て、北九州近辺に入って来た。大陸の先進文化(稲作技術や金属器など)を携えていた。やがて彼らは縄文人を圧倒するようになり、更に日本列島上を東に進んで、3世紀末に畿内で大和朝廷を打ち立てた。それでは、縄文人の遺伝子は現代日本人の中にどれほど残っているんだろうか?また、山地や東北地方にはそれが多く残っているのではなかろうか?母方由来で伝わるミトコンドリアDNAの多型を使って、この質問に答えるための基礎理論を開拓し、その答を初めて明らかにした。
著者
尾本 恵市 袁 乂だ はお 露萍 杜 若甫 針原 伸二 斎藤 成也 平井 百樹 YUAN Yida HAO Luping 袁 いーだ 〓 露萍 三澤 章吾
出版者
東京大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1990

本研究は、中国東北部の内蒙古自治区および黒竜江省の少数民族であるエヴェンキ族、オロチョン族ならびにダウ-ル族の集団の遺伝標識を調査し、中国の他の集団や日本人集団との間の系統的関係を推定しようとするものである。このため、平成2年度には予備調査として各集団の分布状態や生活の概要、ならびに採血の候補地の選定などを行い、平成3年度に採血および遺伝標識の検査を実施する計画をたてた。平成2年度には、まず内蒙古自治区のハイラル付近にてエヴェンキ族の民族学的調査を実施した。エヴェンキ族は元来シベリアのバイカル湖の東側にいたが南下し、南蒙古自治区に分布するようになったといわれる。本来はトナカイの牧畜と狩猟を生紀テント生活をしていたが、現在では大部分は村落に定住し農耕を行っている。われわれは、さらに北上してソ連との国境に近いマングイ地区にて未だ伝統的な狩猟とトナカイ牧畜の生活をしているエヴェンキ族の民族学的調査をした。次いで、大興安嶺山脈の東側のオロチョン族の村落をたずね、民族学的調査を実施した。オロチョン族は大興安嶺北部および東部に散在して分布し、人口はわずかに約3千2百人(1978年)である。元来は狩猟と漁労を生業としていたが、現在では村落に定住し、農耕を行っている。エヴェンキとオロチョンの身体的特徴としては平坦な丸顔、細い眼、貧毛などの寒冷適応形態をあげることができる。われわれは、さらに、黒竜江省との境界に近いモリダワ地区にてダウ-ル族の民族学的調査を行った。ダウ-ル族はエヴェンキやオロチョンと異なり、それほど頬骨が張っていず、かなり系統の異なる集団であるとの印象を受けた。日本隊の帰国後、中国側の分担研究者により、ダウ-ル族150名の採血が実施され、遺伝標識(血液型9種、赤血球酵素型8種、血清タンパク型4種)の検査もなされた。平成3年度には、ハイラル市の近くの民族学校にてエヴェンキ族の117検体を採血し、またオロチョン族については内蒙古自治区のオロチョン旗(アリホ-)および黒竜江省の黒河の近郊にて81検体を採血した。これらの試料につき、血液型10種、赤血球酵素型6種、血清タンパク型3種の型査を行い、18の遺伝子座に遺伝的多型を認めた。個々の多型の検査結果のうち、特に注目すべき点は次の通りである。Kell血液型では、エヴェンキではK遺伝子は見られなかったが、オロチョンではごく低頻度(0.006)ではあるがK遺伝子が発見された。この遺伝子はコ-カソイドの標識遺伝子であり、モンゴロイドでは一般に欠如している。今回の結果は、オロチョンの集団にかつてコ-カソイド(おそらくロシア人)からの遺伝子流入があったことを示す。同様のことは、赤血球酵素のアデニル酸キナ-ゼのAK*2遺伝子に見られた。この遺伝子もコ-カソイドの標識遺伝子であるが、エヴェンキに低頻度(0.009)ではあるが発見された。また、血清タンパクのGC型のまれな遺伝子1A2がオロチョンで0.012という頻度で発見されたことも興味深い。この遺伝子は始め日本人で発見されGcーJapanと呼ばれていたもので、従来、朝鮮人には見られるが、中国の集団からは発見されなかった。したがって、この遺伝子の分布中心は東北シベリア方面である可能性が示唆された。これらの遺伝子の頻度デ-タにもとづき根井の遺伝距離を算出し、UPGMA法および近隣結合法により類縁図を作成した。比較したのは中国の少数民族6集団および日本の3集団(アイヌ、和人、沖縄人)である。日本人(和人)に最も近縁なのは朝鮮人であり、ついでダウ-ル族およびモンゴル族がこれに続く。このことは、日本人(和人)の形成に際し朝鮮からの渡来人の影響が大であったことを物語る。エヴェンキとオロチョンとはひとつのクラスタ-を形成するので、互いに近い系統関係にあると考えられる。しかし、両集団共日本の3集団とはかなり遠い系統関係にあることが明らかとなった。
著者
住 斉 宇津巻 竜也 伊藤 繁 石浦 正寛 針原 伸二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.64, no.12, pp.901-909, 2009
参考文献数
20

住は2006年春の定年後は故郷のためになることをしたいと思い,專門の理論物理から離れ,故郷の飛騨で人々のルーツをDNA解析により探る研究を始めた.大学勤務最後の十年間は光合成を研究していた縁で,住物を専門とする宇津巻,伊藤,石浦と連携でぎた.光合成の逆反応は呼吸で,呼吸を司る細胞内小器官ミトコンドリアは独自のDNAを持つ.その解折により,この15年程の間に現代人のルーツが根本的に書き換えられたことにも注且していた.この縁で,針原からDNA解析を教えて貰うことができた.この研究は,日本各地の縄文系対弥生系人口比率の決定につながった.それは太古以来の日本人成立過程を記録していることが明らかになった.
著者
針原 伸二 清水 宏次
出版者
東京大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1999

前年度は,主に現代人の歯を用いて,歯からDNAが抽出できるのか,また抽出したDNAからどのような遺伝子の解析が可能なのかについて,技術的に検討した.今年度は実際に江戸時代人骨の歯の試料を用いて,DNAの抽出と解析を試みた.青森県八戸市新井田遺跡から発掘された人骨から,異なる個体のものと判断できる36本の歯の試料を得た.前年度に,現代人の試料で試みた方法と同様に,それぞれの歯根部を切断して,破砕し,EDTA溶液中にてしばらく脱灰した後,プロテイナーゼ処理して,フェノール法にてDNAを抽出した.土中にて長時間を経た試料からの抽出であることもあり,DNAを定量分析したり,電気泳動での確認は不可能であったが,ミトコンドリアDNA(mtDNA)のPCR増幅は,36個体中30個体で可能であった.増幅したのは,mtDNAの中で長さの変異のみられる,領域V(non coding region V)を含む120塩基の部分である.2回の増幅により,予想される長さの断片を得ることが確認された.長さの変異は,9塩基対の欠失として報告されているが,今回増幅が認められた30個体中,3個体で増幅された断片が短く,欠失の変異があると考えられた.性別判定は,Y染色体特異的反復配列の部分をPCRで2回増幅し,断片の有無を確認した.36個体中,断片が検出されたのは10個体であった.X染色体中に1箇所しかない配列の増幅による,X染色体の検出は未だに成功していない.細胞中,多くのコピー数のあるmtDNAや,反復回数の多いY染色体特異的配列ではPCR増幅が可能であったが,ゲノム中に1箇所しかないDNA部分の増幅については,さらに技術的な改良が必要と思われる.
著者
針原 伸二 斎藤 成也
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.97, no.4, pp.483-492, 1989

制限酵素を用いたミトコンドリア DNA 多型のデータを文献より収集し,以下の15集団計885名のミトコンドリァ DNA(mtDNA)タイプを分析した:コケィジアン,東洋人(おもに中国人),バンツー,ブッシュマン,アメリンディアン,ユダヤ人,アラブ人,タール人(ネパール),ローマ市住民,サルディニア島住民,日本人,アイヌ人,韓国人,ネグリト(フィリピン),およびヴェッダ(スリランカ).4種類の制限酵素AvaII, BamHI, HpaI, MspI の切断パターンを組み合わせると,全個体は57種類の mtDNA タイプに分類された.これらの mtDNA タイプの系統関係を,最大節約法を用いて無根系統樹として描いたところ, mtDNA タイプは大きくふたつのグループに分かれた.ひとつは,ほとんどがアフリカの2集団(バンツーとブッシュマン)のみに見いだされたタイプによって構成されるグループであり,もうひとつは,主としてアフリカ以外の集団に見いだされたタイプによるグループである.各 mtDNA タイプの集団における出現頻度を考慮して,集団間の遺伝距離を推定し,そこから UPGMA (単純クラスター法)を用いて,15集団の系統樹を作成した.ネグリトを含むアジア•アメリカ大陸の7集団(ヴェッタを除く)は,お互いに遺伝的にきわめて近縁であり,単一のクラスターを形成するが,コーカソイドの5集団は,やや遺伝的に異質であった.一方,アフリカ大陸の2集団は,他集団から大きく離れていた.