著者
渋谷 隆一
出版者
駒澤大学
雑誌
駒沢大学経済学論集 (ISSN:03899853)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.36-56, 1973-09

以上,明治維新以降昭和10年前後にいたる質屋対策立法の変遷過程について素描してきた。ここで確認できた諸問題について要約しておきたい。第1に,私営質屋業の展開をチェックする要因として金融諸機関(銀行,信用組合,公益質屋など),官庁,大企業を中心とする共済組合や健康保険組合制度の普及,労働者階級の実質賃金の上昇などを挙げることができるが,苛酷な質屋取締立法もまたその1つであった。第2に,この質屋取締立法の性格は,従来しばしば指摘されてきた行政府の犯罪捜査の利便のためだけでなく,日本資本主義の後進性に規定された社会問題の早期発生と独占資本の形成・確立期における社会問題の深化の態様に照応しながら徐々に変化している。そしてこの変化は,開明的官僚たちの社会政策的理念の予防先行的な導入によって開始され次第に現実的基盤をえたが,一方これに対する私営質屋業者の熾烈な反対運動によって著しく歪曲されたのである。すなわち欧米の自由主義の導入=幕藩体制下の質屋立法の緩和(「古着古金類等渡世之者取締規則」,「八品商取締規則」の制定<明治初年〜同13年>)→原蓄諸政策の強行・農業問題の発生=質屋撲滅論の台頭(「八品商取締規則」の改正,「質屋取締条例」の公布<同14年〜同18年>)→産業資本確立期における社会問題の断続的発生=官僚の社会政策的理念の導入と自由化を要求する私営質屋業者との対立(「質屋取締法」の公布<同28年>)→独占資本形成期における社会問題の本格的・重層的発生=官僚と私営質屋業者の対立激化(社会政策的な質屋取締法の改正法案の作成と挫折<明治末〜大正9年>)→独占資本確立期における社会問題の深化=両者の対立と妥協・質屋の公私併立主義の容認(「公益質屋法」の公布とその拡充・強化<昭和2年〜同10年>)がそれである。第3に,わが国における質屋対策の限界は,結局わが国資本主義の後進性に規定された質屋業の存立基盤の広汎かつ強固な残存,および労働運動の脆弱さにもとづく社会政策の貧困に求めることができよう。質屋の公私併立主義の採用こそ,正にその象徴的な帰結なのである。
著者
伊牟田 敏充 本間 靖夫 〓見 誠良 池上 和夫 波形 昭一 渋谷 隆一 斉藤 寿彦
出版者
法政大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

1.『昭和財政史資料』など未公刊資料を収集し, 分析して, 研究成果の一部として次のような諸点が得られた. なお, 利用予定であった史料の一部(賀屋文書)の公開が遅れたため, 最終的取りまとめには時日を要する予定.2.第2次大戦下の金融構造は, 昭和初年や戦後高度成長期のそれとは異質であり, 公債消化と軍需金融を二本の柱とした資金統制計画に基く「割当型」の金融構造であった. リスクの大きい軍需金融のため興銀・戦時金融金庫が媒介機関となり, 普銀・生保等の資金が「迂回」的に利用された.3.資金調整から金融統制へと大蔵省による「上から」の統制は深まったが, それを支えたのは金融機関間の協調的行動(金利協定, 国債保有, 共同融資, 社債シンジケート団の拡大)であった. 時局共同融資団は典型例.4.日銀は伝統的中央銀行とは異質のものとなった. 兌換停止された日銀券は1941年に管理通貨となった. 日銀は国債を無制限に引受け, 国債管理機関となったほか, 商業金融主義を放棄して産業金融調節者となった.5.大戦下に銀行合同が徹底して推進され, 都市二流銀行・農工銀行・地方信託が消滅した. 地方では一県一行がほぼ完成, 貯蓄銀行が消滅した. 銀行規模の拡大・店舗網の整理・資産の整理によって経営が「合理化」され, 資金コストが低下し, 国債消化・低金利実現につながった.6.軍需企業との直接的関係の薄い金融機関(地銀・貯銀・生保・勧銀・産組中金など)は資金に余裕が生れ(戦時的資金偏在), その資金は国債消化に誘導されたほか, 金融債消化により迂回的に軍需企業へ流された.7.太平洋戦争は米英との為替取引を不可能とし, 1932年以降の為替管理は変更を余儀なくされ, 正金銀行の機能が弱化した. 円系通貨圏内決済のみ残ったが, 日銀・台銀・鮮銀・南方開発金庫・外資金庫等の特殊金融機関の連帯的行動で円系通貨を支えた.