著者
池上 雄作 岩泉 正基 樋口 治郎
出版者
東北大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1987

1.高時間分解ESR法による常磁性化学種の生成・反応動力学:時間分解ESR測定装置が各所で稼働するようになり、とくに光化学過程の研究に広く応用され、常磁性化学種間のスピン分極保持T-Tエネルギ-移動やCIDEP法による過渡的生成ラジカル対の直接観測は顕著な成果である。励起三重項状態の研究に不可欠の手段となり、含窒素芳香族化合物やカルボニル化合物の生成と減衰が広く研究された。光励起プロトン移動や水素移動、結合開裂の機構研究により、多数の成果を得た。2.常磁性励起分子の電子状態と緩和:時間分解ESR法と発光スペクトル、ODMR法を組み合わせ、とくにスピン副準位に関連した議論を含めたT_1状態の反応が数多く研究された。芳香族ニトロ化合物、含窒素芳香族化合物、オルトキノン類、カルボニル化合物が対象となった。さらに有機ラジカル結晶の電子スピン状態と磁性の研究がよい成果を得た。3.凝縮相捕捉不安定常磁性種の構造と反応:飽和炭化水素カチオンラジカルの電子状態、分子運動の研究、蛍光検出ESR法の新導入、強磁性高分子に焦点を合わせたスピン整列機構の研究や、包接されたラジカルの研究等に関して顕著な成果が得られた。4.錯体・有機金属常磁性種の構造と反応:多核錯体についてレニウム錐体の電子構造、コバルトクラスタ-錯体の金属原子置換による酸化還元電位の依存性、銅錯対のENDOR法による研究、シリル、ゲルミルラジカルの構造や錯体の光化学反応等の成果が得られた。5.生体関連常磁性種の生成、構造および反応:生体系における活性酸素のスピントラップ法の研究、脂質二分子膜輸送系のスピン標識キャリヤを用いた研究、UV照射水晶体タンパク質中の短寿命フリ-ラジカルの研究などで大きな進歩があった。
著者
糸川 嘉則 斉藤 昇 森井 浩世 矢野 秀雄 小林 昭夫 木村 美恵子
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

本総合研究はマグネシウムの疾病予防に及ぼす影響について調査研究、実験的研究、臨床的研究など多方面から検討を加えたものである。食事調査の研究では単身赴任者など種々な階層についてマグネシウム摂取量を算出したが、どのグループの推奨摂取量の300mg/日に達せず、日本人はマグネシウム不足状態にあることが示唆された。動物実験ではマグネシウム欠乏状態が他のミネラルのアンバランスを起こすことが解明された。即ち、マグネシウム欠乏ラットはマンガン欠乏、鉄欠乏が誘発されることが解明された。また、高リン食ラットでは副甲状腺ホルモンの分泌が増加し、腎臓カルシウムの沈着、活性型ビタミンD_3が減少が起こるが、食餌中マグネシウム量を増加させるとこのような異常が改善することを明らかにした。寒冷に暴露された綿羊では血漿中マグネシウム濃度が上昇した。血漿中マグネシウム濃度とクレアチニン濃度の間に正の相関が認められたことより、腎臓の糸球体濾過量の減少が血漿マグネシウム濃度の増加の一因になったと思われる。PTH分泌が増加している5/6腎臓摘出ラットではマグネシウム欠乏により高カルシウム血症が認められた。また、マグネシウム欠乏腎不全ラットでは低カルシウム液の還流により、PTH分泌が上昇することを認めた。SHRSPを用いた研究では飲料水にマグネシウムを添加して与えると、脳血管障害の発展を防止することを解明した。臨床的な研究では女性の高血圧患者と糖尿病患者では尿中マグネシウム、カリウム、アルドステロン排泄量の間に密接な関連があることが観察された。シクロスポリン誘発低マグネシウム血症では血清マグネシウム濃度が低下し、尿中マグネシウム排泄量も減少した。しかし、リンパ球マグネシウム濃度は増加した。シクロスポリンはマグネシウムを細胞内に流入させる作用がある。陸上長距離選手は運動により尿中マグネシウム排泄量が低下した。
著者
山崎 正勝 雀部 晶 日野川 静枝 管 耕作 道下 敏則 藤村 淳
出版者
東京工業大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1984

1.史料収集:米国立公文書館等より市販されている原爆開発関係資料については、基本的に入手を終えた。主なものは、MED、ハリソン-バンディ、トップ・シークレット各ファイル、AEC関係資料、スチムリン日記などである。またブッシュ・コナント・ファイルの一部は、ゼロックス複写を得た。シカゴ治金研究所、ロスアラモス研究所関係の技術報告書の写しについても、重要資料については入手した。企業関係のものは、入手上の制約のため、デュポン社関係の一部を入手したに止まった。米国以外のものは、上記資料に含まれているものの他に、英国、日本における技術資料の一部を入手した。2.史料分析:爆弾構想の起源とその成立条件は、U、Pu爆弾についてほぼ全面的に明らかにされた。また、これと政策決定との相関についても明確となった。研究開発方式の選択・決定における軍の介入と科学者側との齟齬の問題については、その一部が明らかにされた。研究開発の諸側面については、軍事的要請が技術的変型を生んだ点がとくに注目され、平時では現実しない技術体系が、ウラン電磁分離法、プルトニウム分離における沈澱法、大型ウラン爆弾、大型インプロージョン装置などの採用と開発として、実現化したことが示された。投下目標については、政策決定者レベルでは、43年末まではドイツと日本が並列的に設定され、44年に、ドイツでの原爆開発が未完であることの察知と前後して、対日投下に一元化されたことが明らかにされた。また、投下の事前予測は相当正確になされたものの、その目的が実験と実戦使用における味方人員の安全確保におかれたため、不完全に終ったことが示された。科学者の動員、対応については、科学者がいくつかの階層構造を持つ点から分析が行われた。
著者
佐藤 康邦 川本 隆史 越智 貢 大庭 健 池上 哲司 安彦 一恵 星野 勉 水谷 雅彦 中岡 成文 溝口 宏平
出版者
東洋大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本プロジェクトは、医療や環境といった各問題領域ごとバラバラの輸入・紹介から始められた「応用倫理学」を現代日本の文脈に埋め込む作業を通じて、「倫理学におけるマクロ的視点とミクロ的視点の総合」をめざそうとするものであった。初年度開始と同時に総合研究の準備態勢を整え、交付決定後の7月に全体研究打ち合せ会議を開催した。本会議では代表者によって研究目的の詳細な説明がなされた上、二つの報告と活発な意見交換がなされた。12月の全体研究打ち合せ会では、生命倫理、環境倫理、情報倫理の三分野に関する個別報告がなされ、方法論については応用倫理学を「臨床哲学」へと深化・徹底させようとする動向とシステム理論の最前線の議論が紹介された。2月の研究合宿では、生命倫理の難問に即しながら応用倫理学の学問的姿勢を吟味する報告に続いて、研究代表者および分担者が編者を務めた論文集『システムと共同性』の合評会を行なった。最終年度は3会の会議を開催し、全部で11の個別報告と総括がなされた。その大半は別途提出する研究成果報告書や公刊物に掲載されるので、要点のみ列記する。(1)C.テイラー『自我の諸源泉』の検討(星野報告)。(2)公教育における多元文化主義の論争(若松報告)。(3)生命倫理と「公共政策」との連携(平石報告)。(4)〈内在的価値〉の解明(渡辺報告)。(5)環境倫理の再構成(安彦報告)。(6)C・マ-チャント『ラディカル・エコロジー』の吟味(須藤報告)。(7)環境や自然に対する現象学的接近(溝口報告)。(8)阪神大震災後のボランティア・ネットワークの調査(水谷報告)。(9)教育という文化的再生産の機制(壽報告)。(10)討議倫理学の生命倫理への応用(霜田報告)。(11)ビジネス・エシックスのサ-ヴェイ(田中報告)。以上の経過をもって、所期の研究目標はほぼ達成されたものと自己評価を下している。
著者
所 雄章 香川 知晶 西村 哲一 佐々木 周 村上 勝三 山田 弘明 持田 辰郎
出版者
中央大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

デカルトの『省察』のラテン語原典(「Meditationes de Prima Philosophia」)のー共同作業によるー包括的な研究、それがわれわれの目的であって、過去二回(昭和58ー60年度と昭和63年度と)の実験を承け、今回は「第五省察」(昨年度)と「第六省察」(本年度)とをその対象とした。彼のこの形而上学的主著についてわれわれは、(イ)字句の釈義を踏まえたテクストの正当的な読み方の探求、(ロ)それら二つの「省察」に含まれる本来的に哲学的な諸問題の問題論的究明、という二つの作業とを軸として、即テクスト的な研究を遂行した。先ず、「テクストの読み」という点について言えば、この作業は主として研究代表者が担当したが、その際、語句の釈義と併せて、『省察』の古典的な(duc du Luynesの)仏訳本は固よりのこと、近時公刊の英訳書や仏訳書における原テクストの(言うならば、新しい)読み方をも参照し、かつまた古版本ー1642年の初版本や1642年の二版本ーと現行のAdamーTannery版とのテクスト的異同も視野のうちに置いた。次に、「哲学的な諸問題の究明」という点について言うと、「第五省察」と「第六省察」とにおいては、「神存在の存在論的証明」と「デカルトの循環」と「<物心の実在的な区別>によるデカルト的<二元論>」と「<物心分離>的アスペクトと<物心結合>的アスペクトとのデカルト的<二元性論>」とが最も重要な問題であるが、それら四つを主要な対象とする究明の作業は、担当の研究分担者がその問題に係わる今日の代表的なデカルト史家幾人かの解釈を要約したリポ-トを元にして全員で討議し、全員のいわば最大公約数的なーあるいはむしろ、最小公倍数的なー見解を集約するという、そういう仕方で推進された。以上の二点を軸とする研究成果の委細は、テクストの即テクスト的な研究というわれわれの研究の性格上、「実験報告書」の閲読に俟つ。
著者
田丸 徳善 石井 研士 後藤 光一郎 孝本 貢 井上 順孝 柳川 啓一 島薗 進 浜田 哲也 金井 新二 ヤン スインゲドー 西山 茂 藤井 健志 林 淳
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1986

昭和61年度と昭和62年度の二年間にわたり, 現代日本における教団の総合調査を行った. 対象教団は, 神社神道, 仏教教団(浄土真宗本願寺派, 日蓮宗, 臨済宗妙心寺派, 曹洞宗, 真言宗智山派), キリスト教(日本キリスト教団, カトリック)および新宗教教団(金光教, 天理教等)である. これらに関してはできる限り統計処理の可能な資料を収拾し統計分析を行った. これに関しては報告書に掲載されている. また, 地域における教団組織と教勢を把握するために, 銀座と大阪梅田を選び, 都市化の問題をも含めた総合調査を行った. 神社神道は, 既成教団として, 変動がないように考えられてきたが, 内容は大きく変化しているように思われる. とくに都市化が神社神道に及ぼした影響はとくに顕著である. 仏教教団に関しても, 都市と農村の寺院の格差は著しく, 根底から寺院の質を変えようとしている. 都市化が都市と農村の寺院の経済的基盤に変化を与えており, そのことが寺院の世襲化を生む土壌となっている. キリスト教団は, これらに対して比較的変動のない歴史を送っている. そのことは同時に大規模な発展のなかったことをも意味している. 新宗教教団は, 通常の認識では最も変化の激しく, 現代社会に適応した形態をとっていると考えられるが, 実質的にはかなりの程度既成化が進み, 社会的認識との間にはずれがある. この点に関しては, 新宗教教団の詳細な歴史年表を作成することによって, 新宗教教団の歴史的経緯も考察した. 地域研究では, 都市化の顕著な銀座と大阪梅田の比較調査を行うことによって, 各宗教教団の組織的問題を考察した. また, 各教団の製作しているビデオテープを収拾し, 映像に関する考察をも取り入れた.
著者
吉野 一 太田 勝造 西脇 与作 原口 誠 松村山 良之 加賀山 茂 宮本 健蔵
出版者
明治学院大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

本研究は、実定法の言語分析を通じて法的知識の論理構造を明らかにするとともに、それに基づいて、実際に即して法的正当化の推論を行なう法律エキスパートシステムの基礎を確立することを目的とする。原理と方法の解明と実証を行なうために、AIワークステーション上に知識ベースと推論機構ならびに最小限のインターフェースからなる実験用のプロトタイプを作成する。三年間の研究において上記の研究目的はほぼ達成された。すなわ、(1)法的知識の構造については、ウィーン売買条件(一部)および民法(一部)の条文を法規範文単位に要件・効果の内的構造において解明するとともに、諸法規範文間の論理的結合関係を明かした。その際とくに法の適用を制御する推論の知識構造を法規範文とその効力を規定しているメタ法規範文の関係として解明した。(2)法律知識ベースとしては、上記分野において、上記原理に基づいて、法規範文とメタ法規範文を複合的述語論理式で表現し、サンプルシステムをAIワークステーションPSI-II上に作成した。(3)法的推論機構としては、a)適用すべき法規範文を決定する推論を、上記法的メタ法規範文を適用した演繹的正当化の推論として構成し、そのための法的メタ推論機構を完成した。また、b)この推論過程を理解・説明するためのユーザフレンドリーな説明機構を作成した。さらに、c)有限なルールを用いて多様な事件に対して法的解決を与えるための拡大解釈や類推適用の工学的モデルを、法的シソ-ラスの構造にしたがった仮説生成の推論として計算機上実装し、その有効性および問題点を検討した。また法的概念辞書の基礎を明らかにした。上記の研究に関連する論理学的、法哲学定、法社会学的、民法学的および情報・知識工学的的基礎付けを行った。本研究によって本格的な法律エキスパートシステムの開発研究の基礎が提供されたと言える。
著者
片山 忠久 堤 純一郎 須貝 高 石原 修 西田 勝 石井 昭夫
出版者
九州大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1988

夏期の都市熱環境における水面・緑地の効果に関し、実測調査を主とした総合的な研究を行い、以下のような成果を得た。1.海風の冷却効果に関して、風向・風速と気温の3地点同時の長期観測を実施した。陸風から海風への変化により、気温上昇の緩和あるいは気温の低下が認められ、海岸からの距離によって異なるが、平均的に3℃程度に達する。2.河川上と街路上における熱環境の比較実測を行った。河川は風の通り道としての役割を果しており、その水面温度も舗道面温度などに比較して最大30℃程度低い。その結果、海風時の河川上の気温は街路上のそれに比較して低く、その気温差は海岸からの距離により異なるが、最大4℃に達する。3.満水時と排水時における大きな池とその周辺の熱環境の分布を実測した。池の内部と周囲には低温域が形成されており、その外周200〜400mまでの市街に対し0.5℃程度の気温低下をもたらしている。その冷却効果は池の風上側よりは風下側により広く及んでいる。4.公園緑地内外の熱環境の分布を実測した。公園緑地内はその周辺市街に比べて最大3.5℃低温である。また公園緑地内の大小に依らず、緑被率、緑葉率に対する形態係数が大きくなれば、そこでの気温は低下する傾向にある。5.地表面の粗度による風速垂直分布および地表面温度分布を境界条件として、LESとk-ε2方程式モデルを用いて2次元の市街地風の数値シミュレ-ションを行い、市街地の熱環境を数値シミュレ-ションにより予測できる可能性を示した。6.建物の形状や配置を考慮した地表面熱収支の一次元モデルを作成し、都市の大気境界層に関する数値シミュレ-ションを行い、接地層の気温の垂直分布について実測値とよく一致する結果を得た。建物高さ、人工廃熱、水面・緑地の面積率などに関してパラメ-タ解析を行い、都市の熱環境の定量的な予測を行った。
著者
三井 誠 大澤 裕 酒巻 匡 長沼 範良 井上 正仁 松尾 浩也
出版者
神戸大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

本研究の目的は、犯罪の捜査および立証の両面における科学技術の利用の実態を明らかにするとともに、比較法的・理論的分析を踏まえて、その適正な限界や条件を検討し、刑事訴訟法上の解釈論的・立法論的提言をおこなおうとするものである。3年間の研究期間を終了し、本年度においては、以下のような成果を得ることができた。1.2回の研究会を開催し、研究分担者が検討中のテーマならびに既に論文を執筆ないし公刊したテーマにつき、報告を行い、全員で討議した。 従前の研究状況を総賢して、刑事手続法上の問題点を抽出して検討を加えた個別テーマとして、次のものがある。「毛髪鑑定とその証拠能力」「強制的な体液の採取に附随する刑事手続法上の問題点」「筆跡鑑定とその証拠能力」「検証としての写真撮影とこれに対する不服申立の可否」「情報の押収」2.内外の関係文献・識料の収集・整理の作業を継続した。内外ともに関係資料・論文の増加が著しいため、文献目録の追補・改訂作業を開始し、進行中である。3.各研究分担者が、担当テーマにつき研究論文を執筆ないし執筆準備作業中である。主要なテーマについては、既に公刊されたものも含め、平成5年度中に発表(大学紀要・法律雑誌等)が完了する予定である。4.研究進行中の最大の問題は、進歩の著しい科学的捜査・立証手段それじたいの正確な理解を得ることに相当の時間を必要とする点であった(例えばDNAによる個人識別法の原理と手法)。現在までの具体的成果は、主として個別的な捜査・立証手段の問題点の分析となっているが、今後は、それらに共通する法律上の問題点の抽出と統一的な視角からの分伏が課題となると思われる。
著者
多木 浩二 田中 日佐夫 川端 香男里 長谷 正人 佐藤 和夫 若桑 みどり 大室 幹雄
出版者
千葉大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1992

20世紀の政治的歴史のなかで最も特筆すべき経験は、それが人類にもたらしたはかり知れない災いから言っても、「全体主義」であると言えよう。全体主義は、近代化の進展による共同体的統合の喪失のなかでクリティカルな問題として現れた、政治的形態(国家)と社会形態(大衆の生活意識)の不一致を解決しようとする企てであった。つまり全体主義は「国家と社会の完全な同一性」と定義される。われわれは、この全体主義をこれまでの研究のように政治体制として扱うのではなく、政治文化として扱うことを試みた。言わばそれは、全体主義を支配体制(国家)の側からではなく、その支配体制に組み込まれた大衆の意識、無意識の側から究明することである。われわれはそれを、思弁的に探究するというより、個々の状況(ナチズム、ファシズム、スターリニズム、天皇制)における個々の芸術やイメージ文化(建築、大衆雑誌、映画等)の分析を通じて検討する方法を選んだ。つまり全体主義のなかで、いかなる芸術形式が可能であったか、いかなる排除や、強制、いかなる迎合や利用が行われたかを細部に渡って眺めてみたのである。その結果は、個々に多様であるので、全体としての結論をここに書くことはできないが、しかし次のような共通の認識を得ることができた。つまり、全体主義文化の問題は、両大戦間期に発生したいくつかの政治体制にのみ当てはまる問題ではなく、近代の政治体制と文化との間につねに横たわっている問題だということである。例えば、ニューディール体制下の芸術家救済政策(WPA/FAP)を見ればわかるように、民主主義国家においてもある状況のなかでは芸術に社会性が要求され、おのずとイデオロギーを共有することが起きたのである。こうしてわれわれの研究は、近代社会の歴史をイメージ文化の側から探究するような、裾野の広い政治文化史の問題へと展開していくことを予感させることになった。
著者
副田 義也 藤村 正之 畠中 宗一 横山 和彦 本間 真宏 岩瀬 庸理 樽川 典子 岡本 多喜子
出版者
筑波大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

戦後日本における社会保障制度の研究を、毎月二つずつ主題をさだめ、研究代表者の統括のもとで、研究分担者二人がそれぞれの研究をおこない、代表者、分担者全員参加の研究会でこれを発表し、討論をしてもらい、まとめてきた。今年度の毎月の主題はつぎのとおりであった。4月、近代国家の形成と内務省の行政/『厚生省50年史』の作成について。5月、内務省の衛生行政/『厚生省50年史』の作成について(2)。6月、内務省の社会行政、労働行政、社会保険行政/社会保障研究の諸論点。7月、厚生省の創設と厚生行政/戦時体制下の厚生行政。9月、戦時下の衛生行政と社会行政/施設内文化の研究。10月、戦時下の労働行政と社会保険行政/『厚生省50年史』の編集について。11月、戦後復興期の厚生行政/『厚生省50年史』の編集について(2)。12月、戦後復興期の衛生行政/占領政策と福祉政策。1月、戦後復興期の社会福祉行政/社会福祉史の研究方法について。2月、戦後復興期の社会保険行政/老人ホーム像の多様性と統一性。3月、高度成長期の厚生行政(予定)。以上をつうじて、総力戦体制がわが国の福祉国家体制の厚型をつくったこと、明治以後の内務行政と敗戦以後の厚生行政に一部共通する型が認められること、衛生、労働、社会保険、社会福祉の四分野の進展に顕著なタイム・ラグがあることなどがあきらかになり、それぞれの検討が進みつつある。
著者
志磨 裕彦 中内 伸光 井上 透 内藤 博夫
出版者
山口大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993

甘利は確率分布族の空間が不変な幾何学構造として双対接続を持つことを発見し、情報幾何学の必要性を提唱した。これは双対接続を持った多様体上での情報理論の研究である。一方、この双対接続の概念はBlaschke流のアフィン微分幾何学においても見出されていた。また、志磨は、Kahlerian多様体との関連においてHessiann多様体の概念を得ていたが、これはまさに平担な双対接続を持った多様体のことである。このように双対接続は純粋数学上、また応用上も重要な概念であり、これを共通のキーワードにして、微分幾何学と情報幾何学の境界領域を総合的に研究することを目的とした「幾何学シンポジウム」を開催した。会期は4日間で、18件の招待講演の他、参加者全員による自由な討論と情報交換が行われた。その結果は「幾何学シンポジウム講演記録」として印刷され冊子にまとめられた。甘利は情報幾何学の統計学、システム理論、ニューラルネットワーク、統計物理学、量子観測、可積分力学系等への応用の可能性を示唆し、江口はコントラスト関数を定義し、それから双対接続が得られることを示したが、松本は逆に双対接続からコントラスト関数を構成した。黒瀬は双対接続が定曲率のとき自然なコントラスト関数(ダイバージェンス)を定め、Pythagoras型の定理を証明した。志磨はHessian曲率が一定のHessian多様体を構成し、これらが、確率分布族として実現されることを示した。野口は双対接続とLevi-Civita接続が一致するための条件を考察し、長岡は古典・量子Cramer-Rao不等式の微分幾何学を展開し、江口は相対エントロピーと数理進化について論じた。その他、長野、金行等による対称空間論や、いくつかの興味あるトピックスに関して研究発表が行われた。
著者
中村 睦男 前田 英昭 岡田 信弘 山口 二郎 江口 隆裕 高見 勝利
出版者
北海道大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

本研究は、平成3年度および4年度の2ヵ年にわたって行われたものである。日本においては、他の先進諸国と同様に、政府の提案によって成立する政府立法が量的にも(約85%)、また質的にも(国の政策を実現するための法律)、立法過程において重要な役割を果たしている。本共同研究の成果は、政府立法を取りあげ、1.研究分担者による総論的研究、2.研究分担者による事例研究、3.立法・行政実務家による事例研究に分けられる。今回の共同研究は2年間であったため、半数の研究は完成しているが、残りの半数の研究は中間報告の形をとっている。今後も研究を継続して一冊の著書にまとめる予定である。1.総論的研究では、日本の立法過程では法律案の作成段階で官僚機構を通じて意見調整がなされ、国会審議の段階で修正によって野党が重要な役割を果たし得ること(江口論文)、法律案の公案過程における行政機関間の調整の在り方(加藤報告)、行政部内政策過程の枠付けの手法としての“基本法"の役割(小早川論文)、日本とアメリカの1980年代における財政政策をめぐる政治と行政の相互関係の比較検討(山口論文)、アメリカ公法学の立法過程モデル(常本論文)、イギリスにおける政府立法の生成(前田報告)、日本の立法過程論の論争点(清水報告)が明らかにされている。2.政府立法の事例研究では、PKO協力法(牧野報告)、難民条約への加入に伴う関係法令の改正(渡辺報告)、育児休業法(小野報告)、大学審議会設置法(稲報告)、元号法(高見報告)、地方自治法改正(神原報告)および選挙法(岡田報告)が扱われている。3.事例研究は、立法・行政実務家を研究会に招いての報告と質疑の記録で、老人保健法(渡邉論文・岡光論文)、個人情報保護法(松村論文)、大店法(古田論文)および暴力団対策法(吉田論文)を取り上げている。
著者
矢崎 義雄 永井 良三 平岡 昌和 中尾 一和 多田 道彦 篠山 重威 木村 彰方 松原 弘明 川口 秀明
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993

(A)心機能に重要な遺伝子の心筋特異的な発現調節機構の解明心肥大のメカニズムについては、培養心筋細胞のin vitroストレッチ・モデルを用いた解析により心筋内アンジオテンシンIIの動態とMAPキナーゼ等の細胞内リン酸化カスケードを介する機序および、心筋内レニン・アンジオテンシン系が心筋細胞の肥大と間質の繊維化を惹起することが明らかとなった。また、心筋で発現するサイトカイン(IL-6)、ホルモン(ANP,BNP,レニン・アンジオテンシン)、Kチャンネル、カルシウムポンプなどの遺伝子の虚血・圧負荷・Ca・甲状腺ホルモンなどの外的負荷や病態時における発現調節機構・転写調節機構を明らかにした。さらに、心筋細胞分化を規定する遺伝子を解明するため、すでにマウスで単離した心筋特異的ホメオボックス遺伝子C_<SX>をプローブとしてヒトC_<SX>を単離したところ、マウスC_<SX>遺伝子とアミノ酸配列が非常に類似しており、種をこえて保存されていることが明らかとなった。(B)心筋病変形成の素因となる遺伝子の解明日本人の肥大型心筋症患者で心筋βミオシン重鎖遺伝子に計14種のミスセンス変異を同定し、このうち13種は欧米人と異なる変異であった。47多発家系中11家系については心筋βミオシン重鎖遺伝子との連鎖が否定され、日本人における本症の遺伝子的不均一性を示すと考えられた。心肥大を有するミトコンドリア心筋症患者ではロイシンtRNA遺伝子の点変異、多種類の遺伝子欠失を検出した。さらに、日本人の拡張型心筋症においてHLA-DR遺伝子と、QT延長症候群で11p15.5のHRASとD11S922と、それぞれ相関が認められた。
著者
木本 忠昭 雀部 晶 山崎 正勝 日野川 静枝 慈道 裕治 加藤 邦興
出版者
東京工業大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993

戦後の日本科学技術政策は、科学技術庁や科学技術会議などの機関があるものの一貫した整合性ある政策が形成され、もしくは施行されてきたとはいえない。通産省や文部省、あるいは農水省などの各省庁から出されてくる諸政策の集合体が、様々な科学・技術の発展過程に関与してきたにすぎない。当然ながら、それらの省庁間の諸政策には摩擦があり、ある意味での「力」の論理が現実を左右してきた。こうした政策のうち技術にもっとも密接に関与してきたのは通産省であったことは言うまでもない。通産省の技術関連政策は、技術導入や日本企業の国際的競争力の強化において極めて強力で企業を強く保護するものであったことは大方の指摘してきたことではある。集積回路やコンピュータを始め、電子工業に関する技術発展の重要な局面にはこの保護政策が強く作用した。この通産政策はしかし、国際市場における日本製品の競争力強化という点においては有効ではあったものの、技術を原理的に転換したり、あるいは人間社会の基盤的技術としての方向性を独自に作り出す方向には、有効に働いてはこなかった。この政策は、競争力強化という面においてさへ、コンピュータに新技術開発においても有効に作用しないばかりか、ハイビジョン・テレビのように根本的発展を無視した方向に機能し、むしろ問題になってきている。また、先の「もんじゅ」高速増殖炉事故の際問題となった「町工場」(下請け)と先端企業(本社)とを結ぶ社会的技術分業体制の転換・崩壊に見られるような生産体系の社会的構造の変化に対応する形で問題を把握することすら行い得ない現状を生んでいる。公害・環境問題に見られるように科学・技術の発展が社会的問題を惹起するように、しかも社会的弱者の土台の上に展開する構造すら見られる。人間社会が科学技術の発展に寄せる期待は、そのようなものではなかった。科学技術政策として重要な視点は、技術論的技術史的論理を踏まえた政策立案であるべきである。
著者
石山 洋 佐藤 達策 片桐 一男 板倉 聖宣 中山 茂 吉田 忠 酒井 シヅ 菅原 国香 中村 邦光
出版者
東海大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

南蛮文化導入期から顧みると,直接日本へ渡来した文物や学術よりも訪中したイエズス会士の著書を輸入して学んだ西洋科学技術の影響のほうが日本の文明に与えたものは大きかった。中国語訳された書物は、日本の最高に知的レベルの高い人びとが学びやすかったからである。江戸時代の前期はその消化に費やされた。とくにマテオ・リッチの業績が大きな影響を与えている。第2期として,蘭学興隆期がくる。ここでは,オランダ語の原書を日本人が直接読み,訳した。その訳語には,中国語訳の先例を探し,できるだけ,それを採用する努力がなされた。新訳語を造ることには消極的であった。しかし導入された知識は科学革命以後のもので,イエスズ会士がもたらしたルネサンス時代の訳語だけでは対應できず,止むを得ず新訳語の造語もおこなわれた。その過程を追ってみると,始めは音訳で入れ,次ぎに義訳へ訳し直す傾向が見られる。また直訳を志向しつつ,既存の義訳の蓄積も活用する傾向も指摘されている。別に留意されるべきことは,アヘン戦争後,中国へ進出した英米のミッションの新教宣教師による中国文の西洋知識普及書の存在である。これを利用した清朝知識の著作も含め,わが国へ紹介され,19世紀の西欧科学技術導入に影響を与えた。明治に入って,外来学術用語は多方面に滲透し,乱立した。情報流通の必要上,とくに教育上,訳語の標準化が求められてきた。政府直接ではないが,学協会を通じて,権威側で進められた。1880年代から開始された数学部門の例もあるが,訳語の統一が活発化するのは20世紀以後である。そこには先例となる中国語訳への依存は見られず、むしろ中国人の日本留学者などの手で,日本語訳が中国語訳の中に定着したりしている。各種の事例で例証することができた。
著者
表 章 落合 博志 表 きよし 山中 玲子 木下 文隆 竹本 幹夫
出版者
法政大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1991

1.本研究は、法政大学能楽研究所が調査・蒐集した全国各地の演能記録を基盤に、新たに探索した記録をも加え、催し単位の番組を所定の形式に調理してパソコンかワープロのフロッピーに収納し、それを国文学研究資料館が「連歌資料のコンピュータ処理の研究」で開発したシステムを利用して、データベース化することを目標としており、いわば能楽研究所と国文研究資料館が提携した共同研究である。初年度と2年目に基盤データの集積に力を注ぎ、20000番に近い番組のフロッピーへの収納を完了し、国文学研究資料館の大型コンピュータへの転移も終了した。2.資料数が予想以上に多く、当初意図した明治初年までの記録をすべて集成することを無理であることが明らかになったので、2年目の途中から江戸中期の享保5年(1720)までの分を優先することに方針を変更し、3年目にあたる本年度は、集めた資料の整理・分析に重点を移した。コンピュータによる曲名索引や演者名索引がその作業にすこぶる役立ったが、それを手掛かりに分析した結果、原資料に年月の誤りや人名の誤記がすこぶる多いことが判明し、それの修正に多大の労力を要した。3.その結果、3年目には、補助者に頼ったデータ集積は順調に進行して、番組集の種類では40余種、催し単位では3000回、曲単位では30000番にも及んでいるが、その整理は寛文年間までの分(1670年まで)をほぼ終了した段階である。その内の、主たる資料七種の整理結果を本研究の中間発表の形で公表することにし、グループ名義の別記の報告にまとめた。文字を7ポ大に縮小しても第一回分だけで90ページを越え、3回に分載する全体では200ページを越えるであろう。4.本研究は、科学研究費補助金の交付終了後も同じグループによって継続する。法政大学能楽研究所と国文学研究資料館と本研究参加者がその責任を負っている。最終成果の発表は数年先になるが、活字による公表は量的に無理なので、圧縮ファイル、またはCD-ROMによる頒布を考えている。
著者
渡辺 栄 合田 邦雄 谷 勝英 八木 正 大川 健嗣 羽田 新
出版者
明治学院大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1989

最近のわが国における出稼ぎ労働の動向にみられる特徴の1つは、供給地が次第に特定の地域に集約されつつあるということであり、そしてこれらの地域は、その多くが“辺地"としての性格を強く有しているということである。これらの地域では、その地域経済の虚弱性の故に出稼ぎ以外に生業の方法が稀少なところから、出稼ぎ労働の主要な供給地となりながら、自らの辺地性は依然として脱却しえないでいるのが現状である。わが国における出稼ぎ労働問題がこうした地域に集約化されてきている以上、地域の辺地性と出稼ぎとの関係を究明することは極めて重要な課題であるといえよう。そこでわれわれは、北海道と沖縄とを対象にして、この問題に対する実証的な研究を試みたのである。北海道では、恵山町御崎地区および椴法華村銚子地区を対象に調査票による面接調査を実施し、沖縄では、沖縄本島および宮古島を中心に関係機関や出稼ぎ労働者に対し面接聴取調査を実施した。北海道における出稼ぎ多発地は日本海側と渡島半島に集中しているが、いずれも漁業を生業とする町村が多い。対家地も同様であるが、地形的に平坦地が多くないため、零細な漁家においては漁閑期を出稼ぎに頼らざるをえない。うにとこんぶの採取期を除いて出稼ぎというかたちが多く、又、出稼ぎの専業化も進行している。沖縄の場合、全体的に地場産業の育成が十分に図れていないため、出稼ぎは必要不可欠のものとなっており、最近では実数も増加している。沖縄からの出稼ぎは若年層が多く、目的意識をいだいて出る者が多いといわれるものの、本土に定着することは少ない。その主な要因としては、本土との賃金格差と風土のちがいを指摘することができよう。
著者
市川 昭午 田中 雅文 屋敷 和佳 塚原 修一 結城 忠 荒井 克弘
出版者
国立教育研究所
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

高等教育の量的拡大に伴って、現在我が国の高等教育はあらゆる面で「大衆化」への対応に追われている。にもかかわらず、これまでの大学研究はなによりも「学問の府」としての大学が前提とされ、とかく学術研究や人材育成の問題に関心が偏りがちであった。といっても、大衆化がこれだけ進んだ最近では大衆化の問題にも関心が向けられなかった訳ではないが、それとてエリート大学、就中伝統ある国立大学に焦点が置かれていた。これに対して、我々は次のような認識に基づいて、この問題にアプローチしようとした。すなわち、今日の高等教育の問題は学術研究に劣らず国民大衆の教育問題である。大学の大衆化は在学者の8割近くを占める私学が中心的役割を果してきた。そうしたことからも窺えるように、我が国の高等教育大衆化には固有のメカニズムが存在する。むろんそれにはアメリカの後を追うという面があることは否定しないが、同時にアジア諸国と共通する面があるのではないか。そうした見地から、この研究では以下のことを研究課題とした。(1)高等教育拡大の全体像、特に大衆化の担い手となった私学の拡大メカニズムを明らかにする。(2)大衆化が我が国高等教育全体にいかなる影響を及ぼすかを吟味する。(3)大衆化に伴う教育並びに経営上の諸問題とそれに対する個別大学の対応を調査する。(4)諸外国、特にアメリカ及びアジア諸国との比較において大学大衆化の日本的特質を抽出する。個々のテーマの研究成果は本年度刊行された研究報告書『大学「大衆化」の日本的特質と大衆化大学の経営行動』を参照されたい。そこには日本ではじめて大学大衆化が論じられた1960年代とはだいぶ違った様相が確認できる筈である。そしてそれはアメリカともアジアの各国とも違う「日本の大学大衆化」を示している。