著者
東田 千尋 渡り 英俊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.5, pp.224-228, 2015 (Released:2015-05-10)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

アルツハイマー病(AD)の根本的治療薬とは病気の原因を抑える薬である,という考えに基づいて,近年Aβを抑制する作用を有した多くの候補薬が開発されてきた.しかしそれらが,臨床試験では有益な効果を示さないことから,病因を抑えるだけではアルツハイマー病治療に十分でないことが確実になってきた.我々は以前より,AD脳において生き残っている神経細胞を機能的・形態的に活性化させることで,正常な神経回路網を構築させることができれば,神経組織が変性した状態からでも,ADの記憶障害が改善できるはずだと考えてきた.そこで,Aβによって誘発される神経回路網破綻に対して,それを修復する活性を有する可能性のある漢方方剤として,帰脾湯および加味帰脾湯に着目し,そのAD改善作用を検討した.マウスにAβ(25-35)を脳室内投与して記憶障害を生じさせるモデルにおいて,帰脾湯の投与は空間記憶障害を改善させた.また,遺伝子改変ADモデルである5XFADマウスに加味帰脾湯を投与すると,物体認知記憶障害が顕著に回復した.5XFADマウス脳内では,Aβプラークと重なる領域に限局した,軸索終末の球状化と前シナプスの肥大化,すなわち軸索の変性が認められるが,加味帰脾湯投与群ではこれらの変性が有意に減少した.また加味帰脾湯には,PP2A活性を亢進することで,過剰にリン酸化されたtauを脱リン酸化フォームにシフトさせ,軸索の形態的,機能的の正常化をもたらしている作用があることが示された.以上,帰脾湯,加味帰脾湯は,アルツハイマー病の脳内における神経回路網の破綻を修復しうる作用を有していることが我々の研究により明らかになった.他グループの臨床研究においてもアルツハイマー病の中核症状に対しての改善作用が臨床研究でも示されており,帰脾湯・加味帰脾湯の有用性が期待される.
著者
北原 英幸 野上 達也 渡り 英俊 金原 嘉之 藤本 誠 柴原 直利 嶋田 豊
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.137-142, 2020 (Released:2020-12-07)
参考文献数
19

症例は42歳女性。1年前から月に1—2回,呼吸困難,恐怖感,手の硬直などを伴うパニック発作があり,多忙時や月経期間に生じやすく,他院から処方された加味逍遥散エキスと甘麦大棗湯エキスが有効であったが,自動車の接触事故後に今まで以上に強い発作が出現したため当科を受診した。血液検査,画像検査等で特記所見なくパニック症と診断。奔豚気と捉えて苓桂甘棗湯を処方し,2週間後から気分の改善と発作症状の軽減を得たが,仕事が多忙となった2ヵ月後から週1—2回発作が再発した。前駆症状として後頸部の異常感覚が生じ,同時期に頸部痛,頸部の凝りが増悪することを考慮して桂枝去桂加茯苓白朮湯に転方したところ,後頸部の異常感覚が消失し,以後,発作は出現せずに経過した。頸部の不調がパニック発作の出現と関連する場合,桂枝去桂加茯苓白朮湯が発作予防に有効な方剤と考えられた。
著者
野上 達也 渡り 英俊 藤本 誠 金原 嘉之 北原 英幸 三澤 広貴 柴原 直利 嶋田 豊
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.178-183, 2018 (Released:2018-11-08)
参考文献数
33
被引用文献数
1 1

症例は8歳の女児。末梢血にて汎血球減少を認め,日本小児血液学会の中央診断システムにて小児不応性血球減少症(refractory cytopenia of childhood ; RCC)と診断された。標準的な免疫抑制療法が行われたが無効であり,頻回の赤血球輸血および血小板輸血を必要とするため骨髄移植が予定された。当院小児科入院8ヵ月後に漢方治療が開始され,加味帰脾湯エキスと芎帰膠艾湯エキスの投与により徐々に汎血球減少症は改善し,2ヵ月後には赤血球輸血を中止し,3ヵ月後に血小板輸血も不要となった。その後も順調に汎血球減少は改善し,16か月後にはほぼ正常化し,骨髄移植は中止された。加味帰脾湯,芎帰膠艾湯のRCC に対する作用機序は明らかでなく,その有効性も未知である。しかし,漢方治療は低侵襲性で安価であり,副作用も少ないことから,標準治療への反応が悪いRCC に対して積極的に試みるべき治療法であると考える。