著者
湯田 智久 大住 倫弘 前岡 浩 森岡 周
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1328, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】Complex regional pain syndrome(CRPS)患者や脳卒中患者の障害側上肢には浮腫が生じ,浮腫は関節可動域制限や疼痛と関連することが報告されている(Shimada 1994,Isaksson 2014)。浮腫の原因は自律神経障害や静脈欝血とされることが多いが,明確な成因や治療手段は明らかにされていない。Moseley(2008)は,身体所有感が浮腫に関連することを示唆しているが,これらの関連は調査されていない。そこで本研究では,身体所有感の生起プロセスの調査を行う実験手法とされているラバーハンド錯覚(Rubber Hand Illusion:RHI)を用いて,身体所有感の変化が手容積に与える影響について調査することを目的とした。【方法】対象はRHIが未経験の健常成人21名(男性12名,女性9名,平均年齢26±3.85歳)とした。RHIとは隠された本物の手と偽物の手(Rubber Hand:RH)が同時に刺激されると,RHが自己の手のように感じる身体所有感の錯覚現象である。今回は2分間(1Hzの速度)絵筆による触刺激を隠された本物の左手とRHに同時に与える同期条件,交互に刺激を与える非同期条件,RHのみに刺激を与える視覚条件の3条件(各7名)に振り分けた。手容積の測定は,RHI前後で手容積計を用いて行った。客観的な錯覚の評価として,Skin Conductance Response(SCR)と脳波を測定した。SCRはProcomp2(ソートテクノロジー社)を用い,右第2,3指に貼付した電極間の電位差を測定し,RHI後にRHへ針刺激を与える場面を見せ,その直後から5秒間のSCRの最大振幅とした。SCRの振幅が大きい程RHへの錯覚が強く,身体所有感が低下していることを表している(Armel 2003)。脳波は高機能デジタル脳波計Active two system(Bio semi社)を用い,拡張10-20法に準じた電極配置による64電極にて安静座位,RHI時の60秒間を測定した。解析対象chはC3,C4とし,RHI時のα帯の平均パワー値を安静時のα帯の平均パワー値で除し,そのLog値をα帯の変化量とした。なお,Log比が負の値である程身体所有感の低下を表している(Evans 2013)。また,自律神経活動の変化の指標としてRHI前後で皮膚温,情動喚起の指標としてRHI後に不快情動の測定も行った。皮膚温はProcomp2(ソートテクノロジー社)を用いて,左第2指掌側で30秒間5set計測し,その平均値とした。不快情動はNumeral Rating Scaleを用いて測定した。統計解析は,各パラメータの条件比較を一元配置分散分析(多重比較検定法Bonferroni法)を用いて行った。また,手容積変化率との関連要因を検討するために,全被験者の各項目間の相関分析をPerson積率相関係数にて求めた。その後手容積変化率を目的変数に,C4Log比,SCR,皮膚温変化量,不快情動を説明変数として重回帰分析(変数増減法)を行った。有意水準は5%未満とした。【結果】手容積は条件内比較で有意差を認めなかった。手容積の変化率(%)は同期条件で0.31±1.41,非同期条件で-0.42±1.66,視覚条件で0.6±0.6であり,条件間においても有意差を認めなかった。SCR,C3Log比,C4Log比は条件間で有意な差を認めなかったが,同期条件のSCRで最も高値を示した。相関分析において,手容積変化率は皮膚温変化量(r=.44,p<.05),不快情動(r=.55,p<.01),C4Log比(r=.5,p<.05)と正の相関を認めた。また,皮膚温変化量はC4Log比と正の相関(r=-.44,p<.05),SCRと負の相関(r=-.53,p<.05)を認め,C4Log比は不快情動と正の相関(ρ=.61,p<.01),SCRと負の相関(r=-.46,p<.05)を認めた。重回帰分析の結果では,不快情動(標準偏回帰係数:0.47,p<.05)が抽出された。【考察】SCR,脳波で条件間の差を認めなかった。Honma(2009)らは本研究の視覚条件と同様の条件にて身体所有感の錯覚が生じることを報告しており,本研究では同期条件以外の被験者でも錯覚が生じていたことが考えられる。これらは手容積変化率で条件間の差を認めなかった要因として考えられる。しかし,相関分析でC4Log比と手容積の間に関連を認めていることから,本結果はRHIの実施方法の差異ではなく,身体所有感の低下が手容積の減少に関連することを示している。また,C4Log比と不快情動に相関を認め,重回帰分析で不快情動が抽出されたことは,身体の錯覚に関連した不快情動の喚起は手容積の増大に影響することを示唆している。【理学療法学研究としての意義】本研究結果は,浮腫の発生要因として末梢の影響以外にも,自己の手に対する知覚的側面や情動的側面が影響することを示唆しており,浮腫に対する理学療法介入の一助になると考える。
著者
大門 恭平 生野 公貴 瑞慶覧 朝樹 湯田 智久
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Bb1421, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 脳卒中後の麻痺側足関節背屈筋に対する治療としてミラーセラピー(Mirror Therapy:MT)や神経筋電気刺激(Neuromuscular Electrical Stimulation:NMES)が実施され、それぞれ下肢・歩行機能を改善させると報告がある。加えて、MTは視覚錯覚、NMESは体性感覚などの感覚入力により感覚・運動関連領野を活性化させるとの報告もある。これらのことからMTやNMESは単独治療でも効果が期待できるが、MTの視覚錯覚にNMESによる体性感覚入力を付与することにより、さらに効果がある可能性がある。よって、本研究の目的は、MTとNMESの併用治療(MT+NMES)を実施し、臨床効果を予備的に検討することである。【方法】 対象は同意の得られた脳卒中患者5名である。症例1は発症後127日経過した60歳代の右片麻痺男性、症例2は発症後129日経過した70歳代の左片麻痺女性、症例3は発症後47日経過した70歳代の右片麻痺男性で下肢運動麻痺はBrunnstrom Recovery Stage(BRS)にて共にstage4であった。症例4は発症後291日経過した80歳代の左片麻痺男性、症例5は発症後130日経過した60歳代の右片麻痺女性でBRSは共にstage2であった。尚、MT+NMESによる視覚錯覚は症例5以外に認められた。介入は椅子座位で1日約240回の背屈運動を20分間、2週間実施した。鏡に映る非麻痺側下肢を注視させ麻痺側下肢へのNMESと同期して両側背屈運動を行った。NMESには低周波治療器Trio300(伊藤超短波社製)を用い、電極位置は麻痺側前脛骨筋、総緋骨神経とした。パラメーターは周波数50Hz、パルス幅300μsecの対称性二相性パルス波を使用した。刺激強度は疼痛が出現しない範囲で関節運動が起こる程度とし、刺激時間1.5秒、休息時間3秒とした。評価項目はFugl-Meyer Assessment下肢項目(FMA)、膝関節屈曲90°位の自動足関節背屈角度(AROM)、Modified Ashworth Scale足関節背屈(MAS)、裸足条件の10m最大歩行時間(MWT)、歩行動作観察、内省報告とした。評価は2週間の介入前後で実施した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院施設長と主治医の許可を得た上で実施した。全ての対象者には本研究の主旨を十分に説明し、自書による同意が得られた後に治療介入を行った。【結果】 全症例でFMAは改善がみられ、平均17±8.8点から19.6±9.3点となった。AROMは平均3.2±7.2°から6.6±15.3°となった。MWTは平均47.6±36.5秒から35.5±23.9秒となった。FMAでは症例1-4は足関節項目、症例5は他の項目で改善を認めた。AROMは症例1-3で改善を認めた。MWTは症例3以外に改善を認めた。歩行動作観察では、症例1、2で麻痺側背屈による踵接地が見られ、症例4は麻痺側遊脚時、わずかな麻痺側背屈が見られた。症例3、5は麻痺側背屈に変化はなかった。MASは全症例変化がなかった。内省報告は全症例肯定的で副作用の報告はなく、受け入れは良好であった。【考察】 症例1-4はFMA足関節項目、症例1-3はAROMに改善を示し、症例1、2、4は歩行時に背屈が見られ、MWTに改善を示した。よって、症例5以外はMT+NMESが下肢機能改善に関与した可能性がある。症例5の改善度が低かった要因としては重度運動麻痺・感覚障害があり、随意的筋収縮が不可能なことや体性感覚入力低下による視覚錯覚入力の低下が関与している可能性がある。これらのことから、MT+NMESは、随意的に背屈筋の収縮が可能であり、MT+NMESにより視覚錯覚が引き起こされる対象者は効果が期待できる可能性がある。また、先行研究では、体性感覚入力を他者による背屈介助によって実施し、背屈角度の改善度が低かったと報告している。よって、MTに付与する体性感覚入力としてNMESを用いることで、より改善効果がみられる可能性がある。今後は症例数を増やし、MTやNMES単独治療との比較設定等により下肢へのMT+NMESの効果を検証していくとともに、治療適応についても調査していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、小数例ながらMT+NMESの併用治療の介入効果について検討した初めての報告であり、下肢機能を改善させる可能性がある。また、NMESによる体性感覚入力はMTによる視覚錯覚を低下させることなく、併用することでより高い治療効果が得られる可能性がある。