著者
宝来 聰 潘 以宏 斎藤 成也 石田 貴文 PAN I-Hung
出版者
国立遺伝学研究所
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

本研究は、2年間にわたる台湾先住少数民族の人類遺伝学的調査である。これら先住民族は、高山族(現地では山胞)と総称されているが、過去における言語・風俗の違いより、さらに9種族(プユマ族、ルカイ族、パイワン族、ブヌン族、アミ族、ヤミ族、タイヤル族、ツオウ族、サイセット族)に分類されている。この研究では、これら9族すべてを網羅した、各種遺伝マ-カ-を指標とした人類遺伝学的研究により、各種族の遺伝的特徴を明かにすると共に、高山族間の遺伝的関係さらには、他の人類集団との比較分析より高山族の遺伝的位置づけを解明することを目的としている。さらに、中国人や高山族間での混血化の進むいま、リンパ球の株化により人類遺伝学的に貴重な試料の永久保存もひとつの目的としている。平成2年度の調査は予想以上に進展し、台湾本島南部5種族(プユマ族、ルカイ族、パイワン族、ブヌン族、アミ族)および蘭嶼島のヤミ族に関しても調査、採血を終了することができた。従って平成3年度は、本島中北部の3種族(タイヤル族、サイセット族、ツオウ族)の調査・採血を行ない、当初予定した高山族9種族の研究調査が完了することが出来た。さらに、一種族あたり40名ぐらいの採血予定であったが、いずれの種族でもこの数を上回る検体が収集でき、9族で総計661名より血液試料を得ることができた。内訳は、プユマ族・64名、ルカイ族・54名、パイワン族・60名、ブヌン族・88名、アミ族・72名、ヤミ族・78名、タイヤル族・100名、ツオウ族・81名、サイセット族・64名である。2年間の調査研究によって台湾少数民族9種族の試料を分析することが可能になった。既に各種族ごとに血液型の分布を明らかにした。血液型は日赤医療センタ-との共同で、10形質についてすでに分析を終了したが、学術上極めて注目すべき結果が得られた。ミルテンバ-ガ-型は、東南アジア、中国においては約10%の抗原頻度を示し、日本においては1%以下の抗原頻度しかない。しかし、蘭嶼島のヤミ族では50%、本島海岸部のアミ族では90%と今までの人類集団では報告のない高い抗原頻度を示した。さらに、ブヌン族、パイワン族ではこの抗原は全く見いだされず、プユマ族、ルカイ族では10%以下と、高山族の各族で顕著に抗原頻度が異なることが明かとなった。さらに各種族ごとにHTLVー1抗体の陽性の頻度を検索したが、タイヤル族の1個体のみが陽性であった。さらに陽性個体に関してはウイルスゲノムの解析した。ミトコンドリアは、3%(タイヤル族)から46%(ヤミ族、ツオウ族)まで集団によって大きく異なる結果であったが、高山族全体では28%となり、いままで報告のある東アジア集団(日本人、韓国人、中国人)では一番の高値を示した。また、ミトコンドリアDNA・Dル-プの塩基配列を各種族より数個体で決定した。これらの塩基配列のデ-タは、大型コンピュ-タで処理し、種族内および種族間での遺伝的変異を定量化した。さらにミトコンドリアDNAの分子系統樹を日本人、中国人を含む他集団のデ-タを加えて作成し、高山族の遺伝的位置づけを行なった。ミトコンドリアDNAおよび血液型の調査結果からは、高山族全般には南方系モンゴロイド集団の特徴を示すことが明かとなった。しかし、9種族の族間の多様性が顕著に観察されたことより、比較的最近まで種族間において遺伝的隔離があったものと考えられる。また日本側班員のもつ最新のDNA分析技術の台湾への導入も国際学術研究としての大きな目標のひとつであった。さらにセルライン化した試料は先住少数民族の貴重な遺伝子資源として、将来台湾および日本間での様々な共同研究に応用できると考えられる。