著者
田島 和雄 千葉 仁志 宝来 聰 園田 俊郎 妹尾 春樹
出版者
愛知県がんセンター
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-I)は東南アジア地域の中でも南西日本で特異的に集積している。本研究の民族疫学的調査によりアジア大陸に由来する南米先住民族は、HTLVのウイルス学的亜型とリンパ球抗原の免疫遺伝学的特性から、アンデス群と他の低地群に大別でき、アンデス群は免疫遺伝学的背景が南西日本のHTLV-I保有者群と極めて類似することが明らかになった。南コロンビアからチリやアルゼンチン北部のアンデス山脈に居住する高地民族は日本人と同じHTLV-Iを有し、オリノコ川、アマゾン川、パタゴニアなど低地に広く分布する先住民族は日本人に見られないHTLV-II型を有する。両者はHLAのクラスI、II遺伝子からみても遺伝学的起源を異にする。さらに、チリ北部に埋蔵されている先住民族の先祖と考えられるミイラの骨髄組織から抽出したHTLV-IのLTR、Px遺伝子のクローニングに成功し、千五百年前のミイラのHTLV-Iとアンデス先住民族のHTLV-I、および日本のアイヌ人らのHTLV-Iなどが遺伝学的に近縁関係にあることを示した。一方、中国チベット自治区は政治的に不安定要素が多く、チベット族の血液を採取することは容易でなく、チベット族を対象とした科学的に有用な免疫遺伝学的情報を提供できる研究成果はこれまでなかった。本研究では壮大なチベット高原の中で特に周辺と隔離された秘境奥地に居住しているいくつかのチベット部族の協力を得て、チベット自治区の衛生庁や重慶市中国第三軍医大学の輸血部などと共同で、チベット高原の東部、西部の僻地に棲むチベット族から血液を採取することができた。血清検索によりチベット族はHTLVを保有しないがHBVに高率に感染しており、それらのサブタイプはタイや韓国で見られるC型がほとんどで、インドネシアなどで多く見られるB型は見られなかった。HBV感染者の国際的広がりや地域特異性を示す遺伝学的サブタイプについてはこれまでにも多くの研究成果が報告されているが、HBVのサブタイプから見るとチベット族はHTLV-Iを有さない中央アジアのモンゴロイド集団と判明した。
著者
宝来 聰
出版者
国立遺伝学研究所
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1991

PCR法(ポリメラ-ゼ連鎖反応法)の開発によって、極少量の鋳型DNAから標的とするDNA領域を増幅できるようになった。我々は、様々な民族からなる現代人128人のミトコンドリアDNAの、Dル-プ領域の塩基配列を決定している。このデ-タを基に、考古学的試料の解析に適当な233塩基対の多型性の高い領域を選び、2種類のプライマ-を作成した。本年度は、縄文時代の人骨を4個体、北海道の近世アイヌの骨を6個体の合計10検体の塩基配列を決定した。これら考古学的試料からの塩基配列のデ-タと現代人128人のデ-タをあわせた計139人について、相同な190塩基対についての解析を行った。各々の配列間に起きた塩基置換数を推定し、この領域の塩基多様性の度合を求めたところ、2.26%という値になった。次に、推定した塩基置換数を基に、UPG法で遺伝子系統樹を作成した。縄文人4人と近世アイヌ人2人の6人の系統が、系統樹上の最後のクラスタ-に入った。このクラスタ-には、他に15人の現代日本人とマレ-シアとインドネシアからの3人の東南アジア人が含まれる。このことは、日本の原住民である、縄文人と近世アイヌの一部が、現代日本人と東南アジア人の一部と系統的に近い関係にあることを示している。さらに、全ての縄文人と近世アイヌの系統は、より大きなクラスタ-に含まれる。これは、縄文人や近世アイヌが、系統樹の上で早くに分岐した現代日本人とは、系統的に異なることを示している。この観点からみると、縄文人とアイヌで代表される日本の原住民は、現代日本人のグル-プIIに相当することになる。これら原住民では、グル-プIに含まれる日本人と比べて190塩基対の領域の中に、3から8カ所の塩基の違いがある。したがって弥生時代以降に大陸から移住してきた人たちは、現代日本人のグル-プIの一部に該当するかもしれない。
著者
宝来 聰 潘 以宏 斎藤 成也 石田 貴文 PAN I-Hung
出版者
国立遺伝学研究所
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

本研究は、2年間にわたる台湾先住少数民族の人類遺伝学的調査である。これら先住民族は、高山族(現地では山胞)と総称されているが、過去における言語・風俗の違いより、さらに9種族(プユマ族、ルカイ族、パイワン族、ブヌン族、アミ族、ヤミ族、タイヤル族、ツオウ族、サイセット族)に分類されている。この研究では、これら9族すべてを網羅した、各種遺伝マ-カ-を指標とした人類遺伝学的研究により、各種族の遺伝的特徴を明かにすると共に、高山族間の遺伝的関係さらには、他の人類集団との比較分析より高山族の遺伝的位置づけを解明することを目的としている。さらに、中国人や高山族間での混血化の進むいま、リンパ球の株化により人類遺伝学的に貴重な試料の永久保存もひとつの目的としている。平成2年度の調査は予想以上に進展し、台湾本島南部5種族(プユマ族、ルカイ族、パイワン族、ブヌン族、アミ族)および蘭嶼島のヤミ族に関しても調査、採血を終了することができた。従って平成3年度は、本島中北部の3種族(タイヤル族、サイセット族、ツオウ族)の調査・採血を行ない、当初予定した高山族9種族の研究調査が完了することが出来た。さらに、一種族あたり40名ぐらいの採血予定であったが、いずれの種族でもこの数を上回る検体が収集でき、9族で総計661名より血液試料を得ることができた。内訳は、プユマ族・64名、ルカイ族・54名、パイワン族・60名、ブヌン族・88名、アミ族・72名、ヤミ族・78名、タイヤル族・100名、ツオウ族・81名、サイセット族・64名である。2年間の調査研究によって台湾少数民族9種族の試料を分析することが可能になった。既に各種族ごとに血液型の分布を明らかにした。血液型は日赤医療センタ-との共同で、10形質についてすでに分析を終了したが、学術上極めて注目すべき結果が得られた。ミルテンバ-ガ-型は、東南アジア、中国においては約10%の抗原頻度を示し、日本においては1%以下の抗原頻度しかない。しかし、蘭嶼島のヤミ族では50%、本島海岸部のアミ族では90%と今までの人類集団では報告のない高い抗原頻度を示した。さらに、ブヌン族、パイワン族ではこの抗原は全く見いだされず、プユマ族、ルカイ族では10%以下と、高山族の各族で顕著に抗原頻度が異なることが明かとなった。さらに各種族ごとにHTLVー1抗体の陽性の頻度を検索したが、タイヤル族の1個体のみが陽性であった。さらに陽性個体に関してはウイルスゲノムの解析した。ミトコンドリアは、3%(タイヤル族)から46%(ヤミ族、ツオウ族)まで集団によって大きく異なる結果であったが、高山族全体では28%となり、いままで報告のある東アジア集団(日本人、韓国人、中国人)では一番の高値を示した。また、ミトコンドリアDNA・Dル-プの塩基配列を各種族より数個体で決定した。これらの塩基配列のデ-タは、大型コンピュ-タで処理し、種族内および種族間での遺伝的変異を定量化した。さらにミトコンドリアDNAの分子系統樹を日本人、中国人を含む他集団のデ-タを加えて作成し、高山族の遺伝的位置づけを行なった。ミトコンドリアDNAおよび血液型の調査結果からは、高山族全般には南方系モンゴロイド集団の特徴を示すことが明かとなった。しかし、9種族の族間の多様性が顕著に観察されたことより、比較的最近まで種族間において遺伝的隔離があったものと考えられる。また日本側班員のもつ最新のDNA分析技術の台湾への導入も国際学術研究としての大きな目標のひとつであった。さらにセルライン化した試料は先住少数民族の貴重な遺伝子資源として、将来台湾および日本間での様々な共同研究に応用できると考えられる。
著者
宝来 聰
出版者
国立遺伝学研究所
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1992

モンゴロイドの子孫は今や環太平洋地帯の広い地域に分布し、さまざまな環境に適応している。モンゴロイドにおける先史時代の拡散を研究する際、重要な問題の1つとして最初のアメリカ人、つまり″新世界への移住″という問題がある。アメリカ先住民の祖先は東北アジアからベーリング海峡を越えてアメリカのさまざまな地域に分散して定住し、最終的に南アメリカの南端にまで達したということは疑う余地はない。しかし彼らがいつ、どのような遺伝的背景や文化をもってやってきたのかは未だ十分に解明されていない。16の地域集団(チリ、コロンビア、ブラジル、マヤ、アパッチ)から72人のアメリカ先住民について、ミトコンドリアDNAのノンコーデイング領域の塩基配列を決定し解析を行った。塩基配列はポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法をもちいて直接決定した。72人のアメリカ先住民の482塩基対の配列を比較したところ、43の異なるタイプの塩基配列が観察された。アメリカ先住民内での塩基多様性は1.29%と推定され、これはアフリカ人、ヨーロッパ人、アジア人を含めた全ヒト集団での1.44%という値よりいくらか小さかった。また系統樹による解析からは、アメリカ先住民の系統のほとんどが4つの大きな独立したクラスターに分類できることが分かった。各クラスターの人々は他のヒト集団ではほとんどみられない特別な多型部位を少なくとも2箇所共有しており、これは、アメリカ先住民が系統的にユニークな位置付けがされることを示している。アフリカ人、ヨーロッパ人、アジア人、アメリカ原住民の計193人の系統樹を作成すると、4つのアメリカ先住民のクラスターは独立して全体の中に分散していることが分かった。これらのクラスターの大部分はアメリカ先住民で構成されているがわずかに少数のアジア人も混じっていた。このことにより異なる4つの祖先集団がそれぞれ独立して新世界に移住したのだろうと推定した。さらに同一クラススターでアジア人とアメリカ先住民の系統が最初に交わる時間から、ベーリング海峡を渡った最初の移住が1万4千年から2万1千年前ごろに起こったものと推定した。またアメリカ先住民間で観察された塩基置換の特徴より、アメリカ先住民の祖先集団はきびしいボトルネックを受けたのでもなく、新世界に移住する際に集団サイズを急に拡げたのではなかったことが示唆された
著者
宝来 聰
出版者
日本動物遺伝育種学会
雑誌
動物遺伝研究会誌 (ISSN:09194371)
巻号頁・発行日
vol.25, no.Supplement, pp.10-15, 1997-11-10 (Released:2010-03-18)
参考文献数
19

アフリカ人, ヨーロッパ人, 日本人と4種の類人猿のミトコンドリア遺伝子の全塩基配列を解析した.オランウータンとアフリカ類人猿の分岐年代 (1, 300万年前) のもとでは, ヒトとチンパンジーが490万年前に分岐したという結果が得られた.この分岐年代に基づいて推定した同義座位およびDループ領域における置換速度を用いることにより, ヒトmtDNAの最後の共通祖先の年代は143, 000±18, 000年前と推定され, 現生人類ホモサピエンスのアフリカ起源説が強く支持された.
著者
長谷川 政美 堀 寛 岡田 典弘 宝来 聰 五條堀 孝 宮田 隆 植田 信太郎
出版者
統計数理研究所
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1994

ミトコンドリアを持たない真核生物について、蛋白質をコードしているいくつかの遺伝子の系統学的な解析を行い、真核生物の初期進化に関して新たな知見を得た(長谷川)。進化の過程で遺伝子の多様化がどのように進んだかという問題を明らかにするために、多数の遺伝子族の分子進化学的解析を行った。その結果、遺伝子重複による遺伝子の多様化は、真核生物の進化の過程で徐々に起きたのではなく、断続的かつ急速に起きたことが明らかになった(宮田)。HIVの遺伝子を分子進化的に解析し、その進化速度が異常に高いことを明らかにし、このウイルスの感染者体内における進化のメカニズムに関してもいくつかの知見を得た(五條堀)。3人の現代人と4種の類人猿で、ミトコンドリアDNAの全塩基配列を調べた結果、現代人の共通祖先の年代は約14万年前と推定され、「アフリカ単一起源説」が強く支持された(宝来)。独自に開発したSINEによる系統樹推定法を用いて、クジラの起源の解明とタンガニイカ湖のカワスズメ科魚類の系統関係の決定を行った。クジラの起源に関しては、クジラ目と反芻亜目とカバが単系統をなすことを明らかにした(岡田)。その他、動物体色の発現機構の進化(堀)、細胞内共生細菌の進化(石川)、脳で特異的に発現している転写因子class III POUの分子進化(植田)、無脊椎動物の生体防御系の進化(石和)、などについても成果を挙げた。
著者
宝来 聰
出版者
国立遺伝学研究所
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1993

ヒト上科におけるミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基置換速度と分岐年代をより正確に推定するため、3人のヒト(アフリカ人、ヨーロッパ人、日本人)と3種のアフリカ類人猿(チンパンジー、ピグミーチンパンジー、ゴリラ)とオランウータンの全塩基配列を解析した。時間に対してほぼ直線的に蓄積している塩基置換を用いると、オランウータンとアフリカ類人猿は1,300万年前に分岐したという化石での推定年代のもとでは、ヒトとチンパンジーが490万年前に分岐したという結果が得られた。この分岐年代に基づいて、同義置換速度を推定したところ、3.89x10^<-8>/座位/年という値が得られた。Dグループ領域における置換速度に関しては、7.00x10^<-8>/座位/年の値を得た。同義置換とDグループ領域の置換の両方を用いることにより、ヒトmtDNAの最後の共通祖先の年代は143,000±18,000年前と推定した。アフリカ人の塩基配列が最も多様であるということと、上のヒトのmtDNAの起源年代より、現生人類ホモサピエンスのアフリカ起源説が強く支持された。
著者
長谷川 政美 加藤 真 湯浅 浩史 池谷 和信 安高 雄治 原 慶明 金子 明 宝来 聰 飯田 卓
出版者
統計数理研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

マダガスカル固有のいくつかの生物群について、その起源とこの島における多様化の様相を明らかにする分子系統学的研究を行った。(1)マダガスカル原猿類(レムール類)とアフリカ、アジアの原猿類との進化的な関係を、ミトコンドリアのゲノム解析から明らかにし、レムール類の起源に関して新しい仮説を提唱した。(2)テンレック類についても分子系統解析によって、その起源とマダガスカルでの多様化進化を明らかにする研究を行った。テンレックについては、前肢運動器官の比較解剖学的解析を行い、この島における適応戦略を探った。(3)マダガスカル固有のマダガスカルガエル科から、アデガエル、マントガエル、イロメガエル3属のミトコンドリア・ゲノムを解析し、この科がアオガエル科に近縁であることを示した。(4)マダガスカル固有のバオバブAdansonia属6種とアフリカ、オーストラリアのものとの進化的な関係を、葉緑体ゲノムの解析から明らかにした。マダガスカルの6つの植生において、植物の開花を探索し、それぞれの植物での訪花昆虫を調査した。いずれの場所でも、訪花昆虫としてマダガスカルミツバチが優占していたが、自然林ではPachymelus属などのマダガスカル固有のハナバチが観察された.このほか,鳥媒,蛾媒,甲虫媒なども観察された。マダガスカル特有の現象として、長舌のガガンボ類Elephantomyiaの送粉への関与が、さまざまな植物で観察された。Phyllanthus属4種で、ホソガによる絶対送粉共生が示唆された。マダガスカルの自然と人間の共生に関する基礎的知見の蓄積のため、同国の海藻のフロラとその利用に関する研究、及びマングローブ域に特異的に生育する藻類の生育分布と交雑実験による生殖的隔離に基づく系統地理学的解析を行った。マダガスカル南西部漁村の継続調査から、生態システムと文化システムの相互交渉を浮かび上がらせた。