著者
中井 英人 荒本 久美子 澄川 智子 長谷川 美欧 鳥山 喜之
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A3O1025, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】当院では腰椎変性疾患に対し大きく分けて固定術と、固定を行わない除圧術を合わせて年間300件程実施している.固定術術後にはモールドジャケット型TLSOの硬性コルセットを、また除圧術にはダーメンコルセットを装着し離床となる.我々は術後体幹装具装着により、術創部の安定化と保護作用があるものの、周囲筋力低下と運動制限に影響を及ぼすと報告した.また臨床において術後数日しても歩行、動作時ふらつく例があり、その要因として様々あるものの、このふらつきは体幹装具によるバランスへの一要因があると考えたが、体幹装具装着とバランスとの関係を示した文献は散見しない.そこで今回健常成人を被験者とし、体幹装具装着によるバランスの影響を調査し若干の知見を得たので報告する.【方法】対象は腰下肢痛がなく、腰椎、下肢および耳鼻科的に既往のない健常成人24人(男性9人、女性15人、平均年齢25.0±3.6歳、平均身長163.6±8.2cm、平均体重57.5±11.4kg、平均BMI21.4±2.8)であった.全被験者に硬性コルセットとしてモールドジャケット型TLSO装着(以下条件H)、軟性コルセットとしてダーメンコルセット装着(以下条件S)、コルセット非装着(以下条件N)の3条件をランダムに行い、動的バランスと静的バランスの2種類のバランス検査を行った.各条件にて5分経過後動的バランス、静的バランスの順で検査を実施し、前条件の影響をなくすため10分間休息をいれて次の条件へと移った.動的バランスにはFunctional Reach Test(以下FRT)を用い、Duncanらの方法に基づいて、前方および側方最大移動距離を測定した.測定は裸足閉足にて行い、開始肢位は前方では上肢は床と水平になるように肩関節屈曲、肘関節伸展、前腕回内、手指中間位とし、側方では肩関節外転、肘関節伸展、前腕回内、手指中間位とした.移動時の上肢高は任意とし、踵離地しないように最大移動距離到達後、開始位置まで戻るよう説明した.測定は前方、側方とも左右両上肢に実施した.静的バランスには重心動揺計グラビコーダー G-620(ANIMA社製)を用い重心動揺測定を実施した.測定方法は、裸足閉足立位、上肢は体側に自然下垂させ2m前方の指標を注視し開眼、閉眼それぞれ60秒間計測とした.検討項目はFRTにおける前方、側方左右移動距離の平均値を求め、さらに身長、年齢等の個人的影響を避けるため、各条件データを条件Nデータで正規化した値および重心動揺における開眼、閉眼の外周面積、単位軌跡長、単位面積軌跡長、各中心変位、ロンベルグ率、各軌跡長、各位置ベクトル、各速度ベクトルとし、3条件で比較検討した.統計学的処理には分散分析を行った後にFisherのPLSDを行い、有意水準を5%とした.【説明と同意】全対象者には研究の趣旨を十分に説明し、参加に同意を得られた者に実施した.【結果】FRTにおける前方平均移動距離は条件Hでは33.4cm、条件Sでは35.2cm、条件Nでは36.6cmで、条件Nは条件Hより有意に大きく、側方平均移動距離は条件Hでは14.0cm、条件Sでは14.8cm、条件Nでは16.8cmで、条件Nは他の2条件より有意に大きかった.重心動揺における開眼前方平均速度ベクトルにおいて条件Sは他の2条件より有意に大きく、開眼後方平均速度ベクトルにおいて条件Sは条件Nより有意に大きかった.また前後変位、位置ベクトルにおいて条件Sは条件Nより小さい傾向にあった.【考察】本来体幹装具は姿勢矯正、体幹支持、動作制限、外部からの保護、体幹筋の補助作用、体幹安静等の役割があり、またその役割が悪影響を与えることもある.モールドジャケットは体幹屈伸、側屈、回旋を強く制限し、姿勢矯正と体幹支持の役割をしている.ダーメンコルセットは屈伸、側屈、回旋を制限し、腹圧を高くし、弱い体幹支持の役割をしている.FRTの結果より条件Nに比較して条件Hは前方、側方への移動距離がより少ないことは動的バランスが劣っているというより、モールドジャッケットの特性による体幹屈曲、側屈制限が大きな要因と考えた.同様に条件Sの側方移動距離が少ないこともダーメンコルセットによる体幹側屈制限が関与していると考えた.重心動揺計では速度ベクトルが大きいほど速く揺れることを示し、重心動揺の結果より条件Nに比較して条件Sは前方、後方へより速く揺れることから、測定時間を長くすると前後軌跡長等に影響を与える可能性があると考えた.またこの要因はダーメンコルセットによる腹圧上昇が重心を上方へ移動させ不安定となり、さらに腹筋背筋筋力の調整に影響を及ぼしたのではないかと考えた.【理学療法学研究としての意義】体幹装具装着下において体幹の動きが制限されていることが確認でき、術後動作制限のために体幹装具を装着して運動療法を行うことは有用であると再認識できた.またダーメンコルセット装着下では重心動揺に影響を与える可能性がある.