著者
濱西 和子
出版者
[富山大学杉谷キャンパス一般教育]
雑誌
研究紀要 : 富山大学杉谷キャンパス一般教育 (ISSN:1882045X)
巻号頁・発行日
no.41, pp.19-34, 2013-12-25

『失われた時を求めて』は五感の知覚から喚起される実に様々な連想や記憶に溢れている。何らかの契機に五感で知覚したものが、突如、話者である「私」の意識に上昇してくる。Et tout d’un coup le souvenir m’est apparu. (突如として、そのとき回想が私にあらわれた。)という無意識的記憶が起きるときに発せられるフレーズである。視覚、聴覚、味覚、触角、嗅覚の五感の中で、進化の過程で視覚器官を頂点とし、嗅覚を最も下位な原始的な器官と位置づけるのは一般通念であるが、その位置づけとは逆に、嗅覚で知覚する匂や香りこそ最強で、その記憶は最も強く、記憶の拡がりと定着は永続性があるとする、プルーストの唱える本質(エッセンス)とは何かを、この作品の中で展開し探求したい。また匂や香りから連想する隠喩や表現方法の多様性についても分析していきたい。
著者
濱西 和子
出版者
富山大学
雑誌
研究紀要 : 富山大学杉谷キャンパス一般教育 (ISSN:03876373)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.1-22, 2006-12

この小説は第一次大戦が終わってから5 年後の1923年の6月のロンドンを舞台に、主人公であるダロウェイ夫人や他の登場人物たちの意識の継起を通じて14時間以内の出来事が展開される。ダロウェイ夫人の「戦争も終わった」という独白にあるように、まだ戦争の傷跡は深く人々の間に影を落としていた時代であるが、長期にわたるヴィクトリア王朝以来の伝統や慣習も少しずつ崩壊が顕著になり、イギリス小説に於いてもウェルズやゴ-ルズワ-ジ-などの大作家達の時代は終わり、ジョイスなどの出現により新しい時代の波の兆候が現れ始めていた。この小説の大きな特徴は二組の登場人物の物語が平行して進行していくことである。この小説の主人公クラリッサ. ダロウェイを中心としたグループとクラリッサの分身ともいえるセプティマスの人物群である。この両者のグループの人物達の相互の関わりはなく、また物語の筋に関しても何の関連性もない。ただセプティマスを診療する精神科医のサー・ウィリアム・ブラッドショ-だけが両方のグループに登場する唯一の人物である。ここでウルフは何故に二組の関連性のないグル-プと、異なった筋の二つの物語を平行して設定したのか。またクラリッサの身代わりの如くセプティマスを死に追いやり、逆にクラリッサを死から救済し生への回帰をなし得たのか。この疑問について分析し考察をしたい。