- 著者
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犬竹 正幸
- 出版者
- 拓殖大学人文科学研究所
- 雑誌
- 拓殖大学論集. 人文・自然・人間科学研究 = The journal of humanities and sciences (ISSN:13446622)
- 巻号頁・発行日
- vol.47, pp.1-28, 2022-03-25
カントは30年以上にわたる哲学的思索の末に,批判哲学を樹立するに至ったが,この批判哲学へと向かう思索の歩みの途上において決定的な役割を果たしたものは,カントの空間論(の変遷)であったと思われる。カントはその哲学活動の開始以来,自然哲学と形而上学との関係というテーマ,より正確には,ニュートン力学に代表される近代自然科学の形而上学的基礎づけというテーマを自己の主要な哲学的課題の一つとしていた。カントは初期には,この問題をライプニッツやヴォルフの形而上学のうちに受け継がれている伝統的な形而上学の枠組の下で考えていたが,ニュートン力学の理解が深まり,とりわけ,その基礎に絶対空間という形而上学的前提がおかれるべき必然性を理解するにつれて,空間の関係説を内包する伝統的形而上学に対する深刻な疑念が生じてきた。そして68年の『方位論文』における絶対空間の存在論証を経て,69年には,空間・時間をわれわれの感性的直観の形式として捉える空間・時間の超越論的観念性の理論へと至ったと思われる。その成果が70年の『就任論文』であったが,そこに展開された形而上学は,批判哲学への扉を開いただけの過渡期の形而上学であり,批判哲学の完成には,なお10年余にわたる茨の道を歩む必要があった。