著者
田中 啓太
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.60-76, 2012 (Released:2012-04-27)
参考文献数
93

自身で子育てをしない托卵鳥は宿主に適応度上の損失を課すため,宿主においては寄生者を検知し排除する識別能が自然選択において有利になる.その結果,宿主と区別のつかない寄生者の個体が有利となり,擬態が進化するが,そのことは宿主においてさらに高い識別能を選択することになる.このような共進化のプロセスは軍拡競争と形容され,古くから進化生物学の主題となってきた.中でもカッコウCuculus canorusを中心とする托卵鳥の卵擬態は研究が非常に進んでおり,宿主となる鳥がどのような環境で,どのような卵の特徴を手がかりに托卵を識別しており,寄生卵を排除する上でいかにその認知能力を駆使しているかが解明されている.一方,精巧な擬態が進化している卵に比べ,托卵鳥の雛が宿主の雛に似ていることは稀である.これは,宿主が雛の容姿を学習するプロセスにおいて強い制約が存在し,学習が阻害されているためであると考えられている.そのため長らく宿主による寄生雛の識別は不可能と考えられてきた.しかし,近年,宿主による寄生雛の排除や寄生雛による宿主雛への擬態の存在が発見された.これは従来のパラダイムでは説明できない現象である.本稿では,従来の研究や理論をまとめた上で,上述の托卵研究が経験したパラダイムシフトや,近年開発され,托卵研究にも適用されつつある新たな解析技法を紹介し,とくに熱帯性カッコウ類とその宿主の特性に焦点をあて,今後の托卵研究の発展的な方向性を示す.
著者
田中 啓太
出版者
立教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

ジュウイチは東アジアにのみ生息するカッコウ科托卵鳥で,ルリビタキなどの小鳥に卵を産み込み,雛を育てさせる.ジュウイチの雛は翼の裏側に口内と同じ色をした皮膚裸出部(以下翼角パッチ)があり,給餌にやってきた宿主にたいし,翼を持ち上げ,この翼角パッチをディスプレイするという,他の鳥類では確認されていない,非常に珍しい特徴を持っているが,これまでの研究からこのディスプレイは宿主により多くの餌を運ばせるための適応であり,ジュウイチの雛は翼角ディスプレイによって生育に十分な餌量を確保しているということがわかっている.これは恐らく宿主は翼角パッチと雛の嘴を区別できず,雛の数を実際よりも多いと錯覚してしまうためであると考えられる.本研究では宿主が実際に雛の数を多く錯覚しているのかどうかを検証した.これまでの観察から,ディスプレイされた翼角パッチの数が増加するにつれ,宿主が巣に滞在する時間が長くなるということが確認された.このことから宿主の在巣時間は提示されている数に対する特異的な反応であるということが考えられる.そこで,托卵されていないルリビタキの巣を用い,雛の数を人工的に増減させる実験を行った.現在までに得られている最新の成果を以下の国内・国外における学会にて発表し,議論を行った.7月23日より29日までフランス・トゥールで行われた国際行動生態学会第11回大会にて口頭発表『Does a Horsfield's hawk cuckoo chick deceive hosts numerically?』,8月13日より19日までドイツ・ハンブルクで行われた第24回国際鳥学会議にてポスター発表『Does a Horsfield's hawk cuckoo chick deceive host parents numerically?』,9月15日に盛岡大学農学研究科で行われたCOEフォーラムにて『ジュウイチの雛による宿主操作-鳥類における認知と寄生者による搾取-』,3月19日より23日まで松山大学で行われた日本生態学会第54回大会にてポスター発表『ジュウイチの雛による宿主操作:宿主は雛の数を認識しているのか?』を行った.また,9月15日より19日,盛岡大学で行われた日本鳥学会2006年度大会にて自由集会『統計モデルによるデータ解析入門:線形モデルとモデル選択』を企画し,講演『統計モデル入門』を行った.現在,宿主であるルリビタキの親鳥による数に対する反応と,ジュウイチに寄生されたときの行動に関し,宿主が自分の雛を育てているときの雛の数と,ジュウイチに托卵された場合の翼角パッチの数に対する反応を比較した論文を執筆中である.ここで用いられている寄生されていない巣における親鳥の行動は,実験を行っていない,自然状態でのものであり,実験処理に関してはまだ十分な例数は確保できていないため,今後も引き続き研究を継続していく.